カテゴリー: うつの話

うつ病やうつ状態にいい話。

  • 仕事との距離の置き方(その4)語学

    語学はうつの頭にはいいような気がしています。

    使えるようになれたらいなぁ、ならいいのですが、使えるようにならなきゃ、とか、〇〇検定に受からなきゃ、となるとしんどいし、モチベーションよりプレッシャーが強くなる。

    検定もある程度勉強が進んで、力試しに受けてみるか―くらいの気分でちょうどいい。

    縛りを設けずに正に自分ペースで学んでいくなら、毎日少しずつでも前進するし、小さなことでも毎回学びがある。つまり日々小さいかも知れないけど達成感がある。且つ、わずかな単語であってもやっぱり文法や構文が頭に入らなくても、小さな達成はしているから、片言でも伝わるかも知れない。初めての国でもなにかしらのコミュニケーションが取れるかも知れない。そんな前向きな気持ちの元にもなる。

    私の場合はあるきっかけから、とにかく外国語をもう一度勉強しようと思いました。でも、まったく白紙の状態からではなく、大学時代の第二外国語であるドイツ語ならとりあえずとっかかりとしてはいいだろうと。

    男性名詞、女性名詞、中性名詞、複数名詞によって冠詞が変わることくらいは知っていましたから、英語とは違う難しさがあることも知っていました。でも、英語だと新鮮さに欠ける…。そんな感じの選択でした。

    でも、ある程度進んでいくとマンネリもあってか他の近隣言語にも興味が出て、スペイン語、フランス語、チェコ語、ロシア語、アジア圏ではタイ語、台湾華語に手を出しました。

    スペイン語はドイツ語よりもっと日本人にとってなじみ深いローマ字読みで読めることと時制が多く、極めようと思うと大変なんでしょうけど、簡単な文章なら読めて理解できるまでが早い点で、とっつきやすい。

    フランス語はアルファベットの読みから癖があるので、単語を読むのも若干コツが要りますが、そこはフランス語の癖で、そこさえクリアできれば、読むことが可能になります。やはり、読めることで先に進めるようになります。フランス語は一周することができました。忘れちゃいましたけど、英語でいえば中1レベルでしょうかね。

    ここで語族の話をすると、英語とドイツ語は同じインド・ヨーロッパ語族のゲルマン語に属する言語なので、系統としてはそんなに遠くはありません。ですが、語順や先ほどの冠詞のルール等々、やはりまったく別の言語です。そこで気付いたのは英語がいかに簡略(シンプル化?)された言語化ということに気付きます。ドイツ語の方が古い様式を残しているのかな?と思ったりしました。

    フランス語とスペイン語はロマンス語に属しますが、やはり別々の言語ですね。どちらかを勉強すれば応用が利くとかいうレベルではありません。まぁ、現地の人たちなら、普段から見聞きしている言葉ですし、共通の単語もあるでしょうから、聞き取りにくいことはあっても手も足も出ないということはないでしょう。

    チェコ語、ロシア語はバルト・スラブ語に属します。突然、単語の感じから違ってきます。個人的にはアジア的な…日本語にありがちな語順が割と自由に入れ替わるようなところがあって、親近感が湧きます。このあたり東欧の言語はそもそも近い感じで、国をまたいでも通じそうなくらい。ロシア語はキリル文字なので読めないと困りますが、音は共通するものが多いです。

    「ありがとう」なら…

    ポーランド語…ジェンクイェン

    チェコ語…ジェクイ

    スロバキア語…ヂャクエム

    ロシア語…スパシーバ

    ロシアだけ違いましたね(笑)

    ハンガリー辺りは地理的には東欧に近くてスラブ語圏に囲まれていますが、ハンガリーは民俗的にアジア系なので、まったく言語が違います。それも語学を勉強して知ることができるおもしろさです。

    私はこうやって、興味本位な比較言語学をやってしまっていたので、いい頭の体操になっていたのだと思います。

    ドイツ語も気付くとテキストの終盤まで進んでいたので、検定も受けてみました。幸い検定レベルの丁寧な発音のドイツ語なら聴き取りはできて、5級4級まではすんなり合格できました。

    でも、そのあと間が空いてしまうとダメですね。

    やっぱり英語ほどの蓄積がないので、続けないとだめです。

    本当は3級くらいまでは流れでいけそうだなぁと思っていたのですが、なんかいろいろあって…。

    いずれにせよ、あまり重い目標を設けず、語学を楽しむとか、私のように文化や民俗と一緒に学ぶとかすると無理せず、続けられるのではないでしょうか。

  • 仕事との距離の置き方(その5)遠征

    だいぶ前から”ひとり遠征部”を名乗って、あちこちでこの名称を使わせて頂いているのですが、ふと気付くと遠征できる人の特殊能力みたいなショート動画を見かけるようになりました。

    まず、私の言う”遠征”とは”ひとり旅”のことです。

    ひとことで言えばひとりで何事も決定を下していかなくてはならない状況に敢えて向かうわけですから、”状況判断”と”決断力”を要求されます。

    更に…というか、遠征のスタイルによっては”計画性”がシビアに求められることもあるでしょう。

    ちょっと言葉を濁したのは”行き当たりばったり”の旅を貴ぶ人には少々注意を促したい…。ほとんどの日本人は”帰宅しなくてはならない期日”を持っているはずだし、旅慣れしていないひとに”自由気ままな旅”を推奨したり、これこそ旅の醍醐味とばかりに褒めそやすのはやめて頂きたいと思うのです。

    いや、特に私に何か迷惑が掛かっているわけではないので、お好きにどうぞと言っていたらいいのかも知れないけれど、日本にだって、何時間も電車が止まらない駅があるんです。逆に時刻表やルートにないけど、行きたいところまで行ってくれるバスがあったりするんです。公共交通機関も以前ほど悪天候で無理はしません。

    「1時間に一本くらいはあるでしょ」は甘い。

    時間のあるお方はいくらでも好きなだけ無人駅で過ごすのもぜいたくというものでしょう。

    ただ、日本人の旅行はごく平均でいえば、せわしない。

    電車と飛行機を乗り継ぎ、夜行のバスに乗る。

    なんだったら安価なLCCは夜中早朝発着。

    タイトです。

    それを事前にリサーチして、タイトな段取りを完璧に遂行しないと成り立たないのです。

    これは田舎や離島ほど、注意が必要です。海外はタイトではない代わりにルーズさが乗り換えの切迫を生む可能性(リスク)があるので、そのルーズさを加味しなければなりません。

    だから、どちらかというとガチガチの”計画性”ではなく、現地で起こり得ることに対する想像力です。

    海外のバスターミナルに行くのに、事前に時刻表は把握しているからといって、ぎりぎりに到着する人はいないはずです。バスの発着がルーズだからということもあるでしょうけど、チケットはどこで買うんだろう、そもそもチケット売場はあるの? 目的のバス停には他の行き先のバスも停まるだろう、見分けがつくようになっているのだろうか? 私は若干心配性ではありますが、リスクヘッジはするべきです。

    ひとり遠征はビジネスに必要なスキルを持ち合わせていないと難しいことであると同時に、遠征とは「無事帰ってくること」が最終目標です。

    無鉄砲な遠征は厳に慎むべきで、遭難や命に係わる事故に遭っても、日本という国はそんな無鉄砲者のために国内だろうと海外だろうと救助しに向かう国で、仮に遺体となったとしても国まで送り届ける国だということを感謝とともに忘れてはいけません。

  • うつと瞑想

    瞑想の効果は頭の中の整理、最適化です。これは睡眠も同じ効果があるので、十分睡眠が摂れるのであれば、それだけでいいかも知れません。

    瞑想は割と体調もよくなって、社会復帰したあとに、お昼休みや電車通勤のときにやるといいかも。

    車の運転中は…ダメそうなイメージだけど、決して目をつぶってしなきゃならないものじゃないから、本質というかやり方がわかっていたら、可能です。

    午前中、少しストレス感じたな…、今日はなんか疲れたな…そんなときにプラスαでできるといいんじゃないでしょうか。

    おおまかなやり方は
    姿勢を糺す。背筋を伸ばして、体を揺らして体幹の中心線を探す。
    丁寧に呼吸をする。

    以上です。

    最初の姿勢ですが、あまり形は気にしなくていいのではないかと思います。つまり、坐禅を組まなくても、電車の吊り革につかまった状態でも構わないのです。

    大事なのは呼吸。

    鼻で呼吸をする。

    吸うときは空気の流れを感じて、「鼻から入ってきてるな」と認識する。空気の流れを感じる。吐くときも同じ。「鼻から出ていっているな」と認識する。別に鼻じゃなくても、腹式呼吸で「おなかが膨らんできたな」でもいい。とにかく息を吸ったり吐いたりじゃなくて、その状態を観察して、「今こういう状態だな」と認識し続ける。

    吸うときも吐くときも一定のペースで吸ったり吐いたりする。3秒で吸ったり吐いたりするより10秒の方が難しい。

    最初は…

    「いーち(吸う)」「いーち(吐く)」

    「いーち、にーい(吸う)」「いーち、にーい(吐く)」

    段々長くする。

    「いーち、にーい…きゅーう、じゅーう(吸う)」「いーち、にーい…きゅーう、じゅーう(吐く)」

    あくまで一定のペースで。最後の方で一気に吸い込んだり吐いたりしない。毎回、満タンまで一定のペースで吸い切って、吐き切る。

    大事なのは一定のペースであることと、「今空気が入ってきてるな」などなどと認識すること。これがどうやら自分の内側を見つめることになって、脳の中が整理されていくらしい。

    脳とは言ったけど、心と置き換えてもいいんだと思う。

    瞑想は決して心を空(から)にすることじゃない。

    むしろ見つめて「今こういう状態だな」と観察すること。

    それが仏教の言うところの「内観」なのかどうかはわからないけど、漢字の感じはそれだと思う。

    ちょっと脱線するけど、仏教の言う「空(くう)」が誤解されて、瞑想中は心を無にする、みたいな感じに理解されたんじゃないかと思うのですが、もちろん、瞑想中に騒がしい心の動きを落ち着かせるために心の中を観察するように言っているんだと思います。

    それに付け加えると仏教の「空(くう)」は心の空っぽではなく、目に見えているものはむなしいもの、ただ、このむなしいという言葉の印象もズレが発生しそうですが、目に見えているものは見る人が違えば、別物に見えているから、こだわったり執着することに意味はないよ、という意味だと思います。それを「空(くう)」と呼んでいるだけで、心を空(から)にしなさいとはお釈迦様は言っていないと思います。

    (参考)

    『仏教瞑想論』蓑輪顕量

    『ヨーガ・スートラ パタンジャリ哲学の精髄』A・ヴィディヤーランカール

  • 仕事との距離の置き方(その3)絵画

    絵はずっと描きたい衝動はあったんだ。

    でも、描きたいものが思い浮かばないし、まじめにデッサンという気分でもない。そもそも高校の美術の授業以来ちゃんと習ったこともない。もっと描きたいものを描きたいというシンプルな衝動でいたかった。だから、折に触れてスケッチブックは買ってみるけど続かなかった。

    ある時をきっかけに変わった。

    ひとつは万年筆。

    もうひとつはテレビを見なくなったこと。

    たぶん、この2点で説明し切れると思う。

    万年筆を使い始めたきっかけ自体はよく覚えていないけれど、大人の筆記用具を持ってみたかったんだと思う。少しいいものも買ってみたけど、結局絵に適していたのは一番安いKAWECOの万年筆だった。その中でも持ちやすさでパケオというシリーズで、恐らくブランドの中で一番安いモデルではなかろうか。

    これがよかった。万年筆で線を引く感覚が気持ちいいのだ。これは確実にうつに奏功したに違いない。

    そうはいっても素人のお絵描きには違いないので、道具にお金をかけるのもなぁと控え気味だった。でも、そのうち色鉛筆に手を出した。最終的にはホルベインがよかったような記憶がある。色鉛筆で満足しようとその時は思っていたのに、絵の具に手を出した。でも、知識がないので、高校の美術の時間に多少使ったことのある、アクリル絵の具を手に入れた。やはりホルベインだった…といっても日本海側の田舎都市で絵の具を買えるところなんてそうはないんだよ。ホルベインは某ホームセンターにもフルラインナップで置いているし、オンラインでも購入可能。

    そもそもアクリル絵の具には2種類あって、ポスターカラーのようにベタ塗りしかできないタイプと重ね塗りして映えるタイプと2種類あった。当然後者。

    ただ、技術的な話にはなるけれど、絵の具は混ぜれば混ぜるほど濁る。なるべく少ない種類でイメージする色に近付けないときれいな色にはならない。

    そもそも絵が描けるようになった、つまり描きたい絵がイメージできるようになったのはテレビを見なくなったことだ。これは間違いないと思う。

    当時、自分の部屋は2階にあったけど、わんこが年齢とともに階段の上り下りができなくなった。それなら自分は1階に居を移せばいい。ただ、残念ながら1階にはBSがつながっていなかった。その頃すでにテレビといっても大河ドラマくらいしか見ていなかったんだ。がちゃがちゃしたバラエティーだのどこかの企業のマーケティングを反映させた情報番組なんて、脳みそのゴミにしかならなかったし、そもそもうつの脳には受け付けなかったんだろう。

    そんな経緯から脳みその中のゴミが徐々に排除されたんだと思う。

    3年半で300枚描いた。

    狂気の沙汰…ではなく、頭に描かれたものを写しているだけのことだった。

    当然、脳内でのイメージ化の方は早く、手で描く方はそれより劣る。そこは若干の根気が必要だった。描く方の技術は誰かに教わったわけではないから、下書きだけで終わっている作品もあった。でも、いつか続きは描くと思う。

    この1年は転職もあって、だいぶ描くペースは落ちてしまったけど、描くというベースはできているからいつでもまた描き始められる。絵の具は使わないでいるとだんだん固まっていくからそれだけは気になってはいるけれど。

  • うつと自然音、胡弓、二胡、古琴、琉球音楽

    うつのときにストレスを和らげる、解消する手立てとして何かいい音楽はないかと考えていました。

    発症直後のあまり状態がよくない時は「何も聴きたくない」が正直なところですし、家族が発する生活音ですらしんどさを感じますが。少し持ち直してくると気を紛らせたい気持ちも出てきます。

    そんな中でも自然音、胡弓、二胡、古琴、琉球音楽(三線など)の音はありじゃないかと。自然音は説明すると雨音や川のせせらぎの音、小鳥のさえずりなどです(レンタルCDやiTunesで入手しました)。不思議なのは自然音くくりなのに、海の波のさざ波はダメでした。しんどくてすぐやめました。雨音は比較的複数の方からも賛同を得ました。と言っても身近な数人ですけど💦水の音は総じて良いようですが、私は波の音はダメでした。民族楽器でも金属弦の二胡はキンキンしてダメなんじゃないかと予想していたのですが、そんなことなかったですね。割と心地よい。たまたまiTunesで見つけた川崎元司朗さんの『琉球島唄』はよかったですね。三線の音はもちろん、この方の歌声が柔らかくて。独奏なので騒がしくなくていい。琉球民謡でもお祭りなんかで合奏するにぎやかな奴はちょっと合いません。

    うつって、ある程度ストレス耐性が上がってこないと音楽を聴こうとか気持ちを紛らわそうという段階にすら入れない。だから、最初はいくらか薬で底上げする必要はあると思いますけど。

    ちなみに私はヘビメタでも大丈夫でした。全部が全部よかったとは言いませんけど。重い気分の時に楽しい音楽はダメです。上向かない時に無理矢理上向きの音楽はダメ。そもそもヘビメタはネガティブを体現した音楽ですから。そういう意味ではブルースとか中島みゆきも正解なのかも知れませんが、あまりしっくりいかなかった記憶があります。

    なので、何か共通の法則があるのかわからないのですが、気持ちを落ち着かせたり、ストレスを軽くしたり、そういう効果のある音があるのは確かだと思います。

  • うつと認知行動療法

    簡単に言うと自分自身の思考パターンを見つめ直す手順が書かれています。パターンもだけれど、今日は、今週は、ストレスを感じている、イライラしている、不安が強くなっている、そんな今の状況も追っかけます。

    実はその自己分析あたりで抜けるきっかけみたいのに突き当たって、そのまま(と言っても1年かけてですが)薬をやめました。もちろん、そのときそのときの主治医と相談しながらね。

    だから、最後まで認知行動療法を実行したわけではなくて、きっかけをつかんだだけとも言えます。

    少なくとも不思議なことに「今週はイライラしてるんだな、〇〇があったからだな」とそこから、ぐるぐる回る思考をとめるきっかけになったんじゃないかな。

    ストレスになる出来事をいつまでも頭の中で巡らせて、反芻して、疲れていくパターン。

    少し脱線しますが、社会(会社)って、そのストレスを一生懸命思い出させる仕組みのようなところがありますね。忘れたいのに忘れさせてくれない。

    ストレスや怒り、不安を数値化してグラフにする。何週間も落ち着いていたのに、悪化したの●●だなって、気付きやすくなるから、●●を避ければいい。完全に避けられなくても距離を気を付けてみることはできるかも。

    それは家族も同様。家族との距離は難しいよねぇって言うんですけど、だからこそ重荷になってる。

    別に縁を切れと言っているわけじゃないでしょ?

    原因のひとつだって分析したなら、距離を今よりとることでストレスはストレートに減るって意味。すべてを避けることもない。家族Aとの▲▲関係の話がイヤだって感じるなら、ピンポイントで避ければいい。避けられないような内容ならせめて短時間で切り上げる。「ごめん、むり」を発動。2番目のストレス源を避ける。具体的に理解できるから避けるポイントがわかる。

    私の場合、そこまでで十分でした。この書籍はあくまでも一般の患者さんでも使いこなせるもので、医療者の介入はなくてもいけます。もちろん医師がコンサルするケースもあるみたいですが。

    私の場合、長年のうつ歴の間に家族だろうが、パツっと切るすべを身に着けることができていました。因果なものでうつのおかげです。

    そこまで気を遣うことやあらんやと。

    でも、家族だからこそ言えないこととか気を遣うことがありますよね。かえってそれが募りやすい。

    それを発見して明確にすること。

    この先は私も未体験なのですが、新しい思考パターンを身に着けていくことになるみたい。

    私の場合は思考を捨てることとストレス源から離れることが大事だったので、特になりふり構わずでもないのですが、後者を実行したことが…もちろんリスクはありましたし、今も無縁ではいられませんけど、大きな前進には違いありませんでした。

    意外にも原因を明確にすること自体にストレスはなくて、それとは関係なく、回避できなければストレスを感じ、回避できればストレスが減って精神が安定するということ。

    だから、明確にしたことが何より大きかったわけです。

    また、機会があれば、認知行動療法の未経験部分についても研究してお伝えできれば。

  • うつと歩くこと

    歩くとセロトニンの分泌が活発になる。セロトニンが出ると心が安定する。

    でも、歩いたからといって実感するほど精神面に変化を与えるわけではないような気はする…。それよりも日中外に出る、とか、お店のスタッフでもいいから何かしらの接点を持つ、とか、なんかそういう利点が大きいような気がする。

    もちろん、そういった活動が億劫だと思うんだけど、あまり負荷にならないようにでも、少しだけ活動を増やすことがより安定につながるのは確かだと思う。

  • うつと体重

    抗うつ薬をやめたのが5月の中頃でしたか、それ以降の体重低下は明らか。

    別件で減量の指示が出ています(笑)ので、目論見通りなのですが、薬をやめるだけでここまで変わるとは…。

    食事の工夫は当然ながらずーっとやってきました。ある程度までは下がるのですが、下がり幅は決して大きくなかったんですよね。ちょっと外食が増えると体重も増える。

    そもそも抗うつ薬の多くに代謝の低下があります。添付文書にも機序不明の代謝低下と書いてあったかと。とにかく代謝が落ちる。プラス食欲というか、食べる量がコントロールしづらい。無限に食べられる。

    おなかが減るというより、食べ始めるとずーっと食べられてしまう。多めに作ってしまうと全部食べられてしまうから、最初から作る量を抑えなくちゃいけない。それでもやっぱり薬をやめる前後を比べると代謝機能は格段に違う。

    歳をとると代謝が落ちて、相対的に時間の流れを早く感じるようになる説を信じているのですが、まさに薬をやめて代謝が向上すると時間の流れが遅く感じています。自分の回転数が劇的にあがって。

    もちろん、短絡的にやめれば痩せられるという発想はダメですよ。私の場合、いろいろありまして、肝硬変初期の脂肪肝があって、差し迫って減量の必要があったこと、実は以前から肝機能の数値が高値であったこと(この頃は自宅で酒を飲む習慣もなく、仕事関係で飲むくらい、ただ飲むときはかわいい量ではなかったですが)、抗うつ薬の副作用と思われる副作用がずっとあったことなどがあったので、あるとき精神科の医師に相談したら、現状は薬に頼っている状態には全然見えないから、やめちゃっていいよ、と。それが1年くらい前の話で、それでもそんな会話があってからすぐやめたわけではなく、当の本人が慎重で1年くらいかけて退薬したわけですね。

    ですから、痩せたいからやめるような話ではなくて、やめるにも段取りがあって、やめていいか減らしていいかの判断もやはり専門的視点が必要。

    ただ、批判的な言い方をすれば、精神科医が数値的根拠を持って判断しているわけではない(だろう)こと。少なくとも検査などはせず。さすがに一か八かとは言わないけれど、若干「えいやー!」の部分はある。

  • うつと朝日

    うつになると朝が起きられない。厳密にいうと起きたくないとかまだ眠いとか、そういう甘えからくる状態ではなく、動けないとか発動しない的なところから始まる。

    目が覚めた時点でバッテリーが赤い。動こうものなら電源が落ちる。

    この状態だと朝日を浴びることすらままならないのだけれど、どうしても朝日を浴びねばならない。

    つくづく、うつって、吸血鬼みたいなものだなって思ってました。

    それはいいとして、朝日を浴びねばならない。朝日を浴びるとセロトニンとメラトニンが分泌される。

    セロトニン:心が安定する。エンジンでいえばアイドリング。アイドリングがないとアクセル(この場合はアドレナリン)を踏んだ時にエンジンが回らなかったり、ノッキングしてエンジンが止まる(マニュアルの車に乗ったことがない世代には伝わりにくい喩え)。

    メラトニン:朝起きて夜寝る、というサイクルを作る。

    寝ることがうつの治療の核だから、このメラトニンの分泌は最重要、そしてメラトニン分泌を促進するのがお日様ならお日様を浴びるのも最重要となる。

    で、起きられないという話に戻るんだけど、そこはなんとかお薬の力を借りて、最初は無理でも徐々に睡眠時間を稼いで、バッテリーも低空飛行ながら溜めていって、あまり遅くない時間に起きられるようになる。夜は夕食が終わったらすぐ寝るくらいの気持ちで生活スタイルを固める(まぁ、食べてすぐ寝れば、太るし、抗うつ薬のせいでも太るので悩ましいところだけれど)。

    20時半とか21時にはふとんに入っていました、わたしは。

    朝起きて夜寝る、朝日を浴びる、これらはセットなので、このスタイルを固めてやっと、薬以外の治療開始みたいな感じになる。これはのちのち効いてくる。いや、最初から効いているんだけど、のちのち実感として効いてくる。のちのち全快して、仕事もフルパワーに戻った時に(これまたフルパワーに戻さず、仕事とはほどほどの距離感を作っていくことも大事なことなんだけど)、多少寝不足になっても普段しっかり寝ているとダメージに強い。寝ることとストレス耐性はがっちり結びついている。

    まさか朝散歩しろなんて言わない。

    まずは朝起きてカーテンを開けて、朝日を浴びる。それだけを目標にしよう。

  • うつで苦しんでいるあなたへ

    やまない雨はない。

    でも、うつという雨は長雨です。

    幸い、ほんの短期間でお薬をやめられる人もいます。

    でも、私も含めて苦しんでいる人をたくさん見てきました。

    でも、いつか幸せになって、好きなことができるようになってほしい。これは本当に切実な思い。

    あなたは治ったからそんなことが言えるんでしょ?

    そうかも知れないけど、今だってぎりぎりのところで戦っている。今だって綱渡りをしている気分になることがある。でも、11年でやっと薬をやめることができた。心なしか指関節のこわばりも和らいだような気がする。体重は劇的に減り始めた(もちろん、今までずっと食事の工夫はしてきたけど、薬の代謝を止める副作用のほうが勝っていた)。

    もう戻りたくないんだよ。指のこわばりがないなら、もっとギターだって弾きたい。もう若くないし、人生がそんなに長くないことを知っている年齢だから、やりたいことをやらずに死ねるか。

    本当はほかの病気の患者さんと対応に差をつけるのはよろしくないのかも知れないけど、うつ(やその他精神疾患)の患者さんにはなんとか時間を割きたいと思っている。それは医療者としてじゃないかも知れない。だって、笑って帰ってもらうことばかり考えているもん。もちろん、表情を見れば、今日はしんどそうだな、とか、お話しできそうかな、ってそれくらいわかる。YesかNoの質問すらしんどいのもわかる。でも、病院行くのすら迷ったけど、家を出てみてよかったと気持ちが開いている日もある。私にはわかるから、簡単なやり取りから、笑ってくれそうな話題探しまでいろいろやってみる。

    薬局だからって別れ際に「おだいじに」なんて言わない。「またおいで」。

    薬局の行きつけなんてない方がいいに決まってる。でも、ここは「またおいで」。処方箋なくても気が向いたらおいで。