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  • 住吉大社(摂津國)

    2025年4月16日7:00

    いろいろとお力をお貸し頂きたくて、住吉大社のみの一点集中遠征でした。1年ほど前のこと。このあと、いろんなことが変わり始めたのは確かです。もちろん、自分からアクションを起こした部分も多々あります。お預かりしたお力をお返しに行かねば…。

    2019年5月22日

    最初にお詣りしたのも似たような季節だったんですね。もう7年が経っていました。本格的に遠征を始めた頃の最初期の遠征地。

    なので、ひとり遠征部の原点のような場所でもあります。

    さて、住吉大社は新羅征伐の記念碑的に創建されたお社で、それを任されたのが津守氏の祖・田蓑宿禰であり、いわゆる神官が神官家の祖先神を祀るというパターンではありません。住吉大社は住吉三神(と神功皇后)を祀り、津守氏の祖先神は天火明命…? あれ?そうだっけ? 

    住吉大社境内の大海神社は津守氏の祖先神をお祀りしていると記憶していましたが、天火明命だった記憶がない…。失礼ながら、そんなビッグネームをお祀りしていた印象がない。改めて、住吉大社のHPを見ますと、現在の御祭神は豊玉彦と豊玉姫のようです。こちらもビッグネームですが。でも、延喜式では「津守安人神」となっているらしいので、こちらの方がリアルな祖先神って感じがします。

    同じく、住吉大社境内の志賀神社には神社名があらわすように海神がお祀りされています。安曇氏の本拠地が志賀海神社ですから、普通に綿津見三神がお祀りされています。

    綿津見三神(綿津見豊玉彦)→宇都志日金拆命(穂高見命)→安曇氏…系譜で繋がるように志賀海神社と安曇氏、穂高神社と安曇野。神社と地域、氏族が無理なく繋がっている感じがします。

    一方、津守氏は綿津見神も天火明命と両方のつながりを匂わせつつ、繋がらないと思わせるニオイも出しています。

    綿津見系の人たちとも天火明系の人たちとも繋がっておきたかった…そんな雰囲気が見え隠れします。

    あまり仮冒という言い方はしたくないのですが、海に生きる人たち同士で同族意識とまでいかなくても仲間意識はあったでしょう?

    実際、津守氏が津守氏を称したのが遣唐使の頃のようなので、安曇氏、尾張氏と比べるとだいぶ新しい氏族です。一方で、ご先祖様は住吉大社創建の誉れにあずかる一族として大きく出世した歴史があるので、若干箔をつけたい気持ちが働いた可能性も…。

    でも、堂々と「津守安人神」をお祀りしたほうが、誇らしくていいと思うのですが、いかがでしょう。