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  • 泥宮(信濃國小県郡)

    当地は単に泥という物質に神性を求めたのではなく、命を育む泥の生命力に感謝したのだと思います。

    泥宮と称したのはごく最近(1790年以降)のことのようだけど、生島足島神社の創建と関連がある時点で、日本列島の始まりとともに在ったというべきなのでしょう。

    生島足島神社の旧跡だったか、のちに旧跡を称したか、そこは何とも言えないけれど、”よくわかっている”と思う。

    この地(地域と言ってもいいかも知れない)には信仰の形態に一貫性がある。日本列島の地面を御神体とする生島足島神社もこの泥宮も別所の塩野神社も日本の信仰形態の極めて原点に近いところにある。社がある時点で原点とは言いづらいのでは?という向きもあろうけど、試しに社を取っ払っても成り立つ信仰があるじゃないですか。

    人格神以前の形態と言っていい。

    この上田~別所の辺りにはより古層の匂いがする。