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  • お釈迦様の話

    お釈迦様の言うことがわかるようになってきた、という話。

    お釈迦様がリアルに語った言葉として伝わるのは『スッタニパータ』や『ダンマパダ』だけと言われていて、それ以降の書物は教団が大きくなって権威付けしたり、派閥間の対立があったりして、ちょっとずつお釈迦様イズムから離れていった経緯があるようです。

    実はもっと若いころにもチャレンジしたのですが、全く歯が立たず、理解できず放置していました。いや、仏教徒にはなれんのだろうなぁとすら思っていました(笑)

    私はお釈迦様を宗教者というより哲学者だと思っています。もちろん人間とか人生とか生と死とか、そういったものを根源的にとらえているので、宗教者と言って全く問題ないとは思いますが。

    理由はいろいろありますが、お寺さんを訪ねるようになって、あるいは自分なりに日本仏教を勉強するうちに自分は仏教徒にはなれんなと思うようになりました。さきほどの『スッタニパータ』を読みこなせなかった時とは別に理由です。あとで気付きますが、お釈迦様が言ったこととは違ったからだと思います…というのは時間軸が逆で、日本仏教の勉強はしたけれど、全然しっくりいかず、そのうちそれなりの年齢になって、『スッタニパータ』などを再チャレンジしたら、なんのことはない、こっちの方が自然だわいとなったのが正しい流れ。

    ですから、日本仏教は長い伝来の過程の中で独特の進化をした日本独自の宗教なんだと思うようになりました。客観的に言って間違っていないと思います。

    私はクリスマスも好きじゃないんですよね。一緒に祝うような人もいないことが多かったし、何よりも大学の推薦入試のために某市の新幹線駅に降りたのがクリスマスイヴで、賛美歌を歌う人たちを見て…卑屈ですよね…クリスマスが嫌いになって、それでも毎年家ではケーキは出てくる。そんな平均的日本人から若干のゆがみは含むもののそう遠くない日本人です。

    で、なぜお釈迦様?かというと先ほども述べたように哲学者として見ていましたから、10代でカミュの『異邦人』を読んで衝撃を受けたのと同一線上です。お釈迦様という哲人に興味があったわけですね。

    日本人以外の世界では日本人を見て不思議に思うというじゃないですか。年始に初詣、教会で結婚式、お寺でお葬式。細かいことは別の機会にお話しできればと思うのですが、こういった姿勢は私の中で”日本教”として、理解することで一応決着したんです。その細かいことにひとつに日本の伝統宗教が日本人の心のよりどころとしてあんまり頑張ってこなかったんじゃないかっていう結論があります。その結論にたどり着くプロセスの中で、日本の仏教は日本仏教であって、原点たるお釈迦様の言葉とは距離がある…というより別物と言っていいくらい変貌した。それは別に良い悪いではなく、日本仏教はそれぞれの時代に日本に合ったものを発明したんでしょうから、問題はないと思っています。念仏さえ唱えれば、とわかりやすさが大事だっただろうし、心の平安のために座禅が大事だと考えたのはお釈迦さまも同じだし、ただ、そこからの進化は世の変化とともにありましたか?と。日本の一般の人たちは日本教を創設することで満足?することになったんです。日本人はなんでも柔軟に自分たちのものとして取り込んでいく…と良きにつけ悪きにつけ言われますが、神社やお寺は日本教の一部として登場はするものの主役ではないんです。そこのところは金まみれの新興宗教や強引な勧誘の問題を挙げるまでもなく、伝統宗教の怠慢はなかったかと投げかけておきたいと思います。

    ただ、こうやってお釈迦様を語る時点で、お釈迦様の言っていることがまだまだわかっていねぇなぁと暴露しているようなところは否定できませんがね。

  • 『日本教』

    あやしげな宗教の話ではないので、ご懸念なきよう(笑)

    私の中で日本独特の宗教観をこう呼んでいる、というお話です。

    いわゆる初詣は神社に行き、結婚式は教会、お葬式はお寺、12月にはクリスマスを祝い、最近ではハロウィンとかイースターも祝う…というか騒ぐネタになる、という日本人の習性を個人的にはいいじゃねぇのぉ?と許容しています。

    まぁ、毎年渋谷で大騒ぎというのはまた別の話で、ひと様に迷惑をかけるのはちょっと違う。

    それはさておき、なぜ日本人の宗教観として認めたらいいんじゃないかと思うかというと、そんなに日本人のDNAから逸脱してはいないんじゃないかと思うから。

    恐らく、今後このサイトで何度か繰り返し述べることもあろうかと思うのですが、外来のものを受け入れる習性は昨日今日のことではない、ということです。

    多分、文化とか習慣的なことは理解しやすいんだと思います。明治維新で西洋文化が入ってきて、洋服着たり、肉食をするようになったり。ただ、心のよりどころたる宗教、信仰は抵抗があるから、日本人おかしい、になる。

    確かにキリスト教もイスラム教もユダヤ教も同じ神様を崇拝しているのに敵対関係にあるんだから、キリスト教徒がイスラム教のお祭りを祝うなんてことはあり得ない。わかります。

    でも、すでに”同じ神様を崇拝しているのに”、”のに”と言っている時点でこれは日本人の習性が挟まっている。もう少し分解すると、同じ神様を拝んでいるんだから、仲よくすればいいのに、なぜけんかするの?という感覚になる。

    「Aというアイドル好きなんだよね」「そうなの?!私も!いいよねぇ!」てなるじゃん。

    「Bってギタリストが好きなんだよね」「は?お前にBの良さなんてわかんのかよ?」

    あ、後者なのか?

    神様と一緒にするなとおっしゃるんでしょうけど、一緒になっちゃうのが日本。

    『国譲り神話』というものがある。出雲が治めていた国を大和が「ほしいからちょうだい」っていった事件。誰も天照大神を止めなかったんすかねぇ。そこは本題ではないので割愛しますが、最終的に出雲を巨大神殿に祀ることで契約成立となった。いろいろ裏話はありそうですけど、少なくとも出雲の神様を神社に祀ることになったのは間違いない。恐らく出雲と大和では信仰が異なるというより、民族、DNA、そもそもの出自が違ったのではないかと思います。でも、神社という枠組みの中で祀ることになった。本音かどうかは別として、出雲の神様はそうしてくれたらいいよ、って。

    民族的に別系統と思われる神様を一緒に祀るということを神社はやってきました。客人神(まろうどがみ)やアラハバキが典型でしょうか。

    挙句の果てに怨霊すら祀る。受験のたびにお詣りするあのお方や権力争いに敗れた高貴なお方、上司に追い込まれて三度おみくじを引いて謀反を決めたあのお方も祀られています。

    ちょっと違うかも知れませんが、沖縄のどこだったか、どんな悪人も7代経てば神様になるそうです。

    根底にある感覚はみんな同じ。敵も味方も神様も悪霊も区別がない。まぁ、なんだったら敵とか悪霊こそ祀りたいのかもなぁ、とは思いますが、かといって、神聖な神社に敵や悪霊を入れないなんて料簡の狭い話はないから、これは脈々と流れ続けてきた日本人の精神なんだから、これでいいんだと思う。