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  • 孫子の兵法(2)意外性

    兵は詭道なり。

    あまりにも有名すぎて使いたくはないけれど、この言葉に象徴されるから仕方ない。

    いずれにせよ、敵を欺くこと、敵が思っていることの裏をかくこと、意表を突くことで、こちらも味方戦力の損害を最小限に敵を叩くこと。

    ここでもやはり”損害を最小限に”という哲学が根底に流れている。もうひとつは戦争を終わらせることは即ち敵を徹底的に叩くこと。徹底的に叩くことで敵の繊維を挫き、なるべく早く降参を促すためであろう。

    徹底的に敵を叩くことで云々の部分はクラウゼヴィッツの『戦争論』だったかも知れない。

    混ざっていたら申し訳ないが、国の戦争を受け持つひとたちは一番戦争をしたくなくて、なるべくひとが死ぬのは見たくない人種なのだと思う。

    真剣に戦争するひとは真剣に戦争を回避することを考えるし、ひとが死なない方法を真剣に考えた(と思いたい)。

    敵味方の正面衝突ほど損害の大きい戦い方はないんだろう。それでは数の大小で勝敗が決まってしまうし、単純な引き算で勝敗が決してしまい、小国の方はやる前から全滅が決まってしまっている。

    10,000人対1,000人の正面衝突が仮に1,000人側が最強の精鋭だとしても、真正面の斬り合い撃ち合いになったら、10,000−1,000の引き算で勝負は決する。

    小国とてやりたくない戦をやらねばならない状況もあっただろうから、そんなわかり切った引き算の戦争なんて無意味以上に損害しかないことになる。

    歴史を見ると常に劣勢の寡兵が大軍を打ち破る武勇譚が登場するけど、いくらか話を盛っているとしてもやりようはあって、大軍に大損害を与えて、引き分けるかその大軍を退却させることは可能なのだろう。

    それが数を宛てにした力押しの戦法ではなく、寡兵なら寡兵で敵の意表を突く戦法しか方法はない。

    思いがけない場所に出没する、思い込みという常識の裏をかく方法を採る、とにかく相手が思いつかないことをやる。

    ナチスドイツが敵を欺くために異常なスピードで進軍し、敵の計算より何倍も速く移動した、まさに意表を突く戦法を取ったことがあったけど、これはある種の薬物を兵に投与して三日三晩一睡もせず進軍したというのが種明かしのようだから、戦争というのはやはり狂っていないとできないことなのだろう。