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  • 家族経営が悪いわけではない。

    恐らく、そこに公共性があるか否かがカギではないだろうか。

    小規模すぎると会社の利益と、経営者家族の生活が直結しすぎて…という話はありそうだし、想像できる。が、経営者と経営者家族の常識はずれな贅沢のために、会社の利益が使われていることがあからさまになったとき、そこに働く人たちの心情は大変微妙なものになる。経済がいい時代なら、そんな会社辞めちまえと言えるのだが、今日こんなわけにもいかない。その贅沢家族のために従業員の給与やボーナスが左右されると知れば、これはいけない。

    そもそもそんな従業員にすれば聴きたくもない話を経営者自身が漏洩するくらいの感覚だから、ズレている。

    あるとき、ある知人に私がその経営者の元にいることを伝えたら、「あぁ、自分ファースト社長ですね」とさも周知のことのように言われたことがある。

    私は長い間ドッグストアのチェーンにいたから、知らなかったけれど(正しくは知ってはいたけど、よく認識していなかった)、薬局という業界は大手以外は小規模な個人経営か、若干店舗数を抱える薬局が更に小規模同士で同盟を組んでいるような、いずれにしても小規模と言える個人経営の薬局が何割か占める。

    ただ、大手といっても数ばかりで標準化されず、個人経営の集まりのような会社も多々ある。標準化されないから本当の意味では同盟を組んでもその目的である効率化はされていない。

    当時、私自身はお呼びが掛かればどこでも行きます、というスタンスで転職活動をしていたから、間に入ったエージェントにもたいそう驚かれたけど、いかにそれまで勤めてきた企業がまともかということを思い知った。

    ここで、整理しておいた方がいいかも知れない。日本語の定義としての家族経営はよく知らないけれど、経験上、家族親族、あるいは血の繋がりはないが、経営者と親密な関係のある人たちで会社の中枢を担っていても、公共(あるいは従業員)のために会社を動かしている(少なくともそういう体裁をとっている)ケースと、従業員はあくまでも使用人であり、あくまでも経営者とその家族の幸福が優先であるケースがある。

    とはいえ、どちらかにパカっと二分されるわけではない。

    つまり、前者であっても本音と建前があっても不思議ではなく、経営者家族の幸福を蔑ろにすることはないだろうし、でもそれだけでは、あるいはそれ優先では(大きくなればあるほど)求心力は得られないのだから、自然と公を意識した理念や方向性が示される。

    それが自然だろう。

    だから、まともな経営者なら家族親族が華美な服装や車で車内をうろうろすることは禁じるだろう。経営者の子供が車内をうろうろすることもないだろう。それはアットホームとは言わないことを理解しているからだろう。

    株式会社はひと様から資本を借りて運営する会社だから、すでに経営者個人の所有物とは言い切れなくなる。ひとにやりたくない場合は家族親族だけで株を分配するのだろうけど、公共性があれば、社内に持株会があって、一般の社員でも自社の株を購入できるなら、わずかな金額だろうけど、純粋に経営者及び家族だけのものではなくなる。

    以前どこかで紹介した経営の神様は経営者一族ではなかったけど、創業時から屋台骨を支えてきた創業メンバーであり、大番頭のような立場から系列会社を任されていたお方なので、おそらく家族経営の長所、短所は分かった上で、家族経営の強さを説かれた。

    若干精神論も混じるが、自分の名前を看板に掲げる、失敗すれば家族もろとも路頭に迷う、そういったことだけ考えても、家族経営をやるときの気概は並大抵のことではない、というのが本質的な話だったと記憶している。

    ただ、その気概がまじめに勉強して、経営に活かす経営者もいれば、MBAをとって、箔をつけることに勤しむか、その資格のために会社のお金をじゃんじゃん使って東京に通うとなると共感は得ないし、実務に活用されているか微妙なところだ。

    統計はないが、真に会社を大きくした(大きくしている)経営者はそんなお金の使い方はしないだろうし、身の程を弁えていないひとほど、派手なふるまいをする。金額だけではない。真の勉強家はそんなそぶりは見せないし、見栄が必要な人間は中身より、資格の素晴らしさや受講に通った苦労を宣伝する。

    後者の実例が自分ファースト社長だけど、残念ながら、MBAは活かされず、いつまでも直感だった。利益が落ちてきた、新しい人の採用ができない等々の原因は社名だった。熱心に社名を考え、変えるべきタイミングを占いで決めて安心していた。利益が落ちてきた原因は社員が報告していたけれど、理解する頭がなかった。採用するために小規模な経営では人脈も必要だろうけど、人脈の素晴らしさを誇るばかりで採用には直結しなかった。

    その素晴らしいと言われる人脈も聞いたことのない名前ばかりでずいぶん辟易としたものだったけれどね

    多分、自分ファーストの意味は自分を着飾ること優先という意味だったのかも知れない。

  • ダブルチェックは本当に必要か?

    そんなだいそれたことではない。罠でも何でもない。

    ダブルチェックが機能する環境というのは極めて限定的だと思うのです。

    正直、このダブルチェックが継続的に機能している環境を見たことがない。比較的簡単に破綻する。だから、ダブルチェックしたにも関わらず、ミスが通り抜けてしまった場合、まず、トリプルチェックしましょうという発想になるのはほぼ不正解と言っていい。チェックの在り方を検証しないで回数を増やしても同じこと。

    よく言われるのはAさんがチェックしたから大丈夫、2回目のチェックだから、1回目の人がちゃんと見てるはず、結局Aさんか1回目のチェック者だけでやっているのと同じことだね。下手するとAさんが「ほかの人も見てくれるから」と気を抜いたら、誰もチェックしていないのと同じになる。

    ある意味、精神力の問題になる。

    そして、それに気付いている薬局、企業は多いから、チェックの回数を増やすこと➡ただ単に手間(人件費)が増えて、チェックの質も落ちていいことない、のが常識であり、通説なのではないだろうか。

    結局、システムの力を借りて、人間的な先入観を消すのが一番だとは思う。

    あと、可能なこととしてはダブルチェックといっても同じことをやるのではなく、違う角度で確認をする手法だろうか。ひとりは処方箋の文字を見て必要なものを集めてくる、ひとりは出てきたものの名前と数量を確認したのちに処方箋を見る。プロセスを変える。ここまでくるとやはりシステムの方が得意分野ということになろうが。

    ある程度の企業体であれば、この程度のシステム導入はそれほど大きな問題ではないだろう。費用対効果から言っても必要最低限の投資と言えよう。

    ただ、これが小規模な薬局や病院となると難しいかも知れない。システムだって数を買えば単価は下がる、道理だ。でも、メンバーチェンジが少ない環境でもあるので、「大丈夫だ」という自信も慢心も生まれやすい。そのくせ効率的ではないことが多く、且つ人不足も相まって、気合いとか誇りで解決しようとする。

    そこまでいくと昭和的でもなく、精神力でゼロ戦飛ばせと言うに等しい。

    が、しかし令和でも存在する。化石と言っていい薬局(薬剤部)は実在する。それもベテランだけでやっていけるなら、それでいいのかも知れない。ただ、経営的な観点で継続性は低く、継続以前に従業員が有休を使うこともうっかり体調を崩すことも許されない、過酷な環境がある。それどころか、電話当番とかオンコール対応と称して、公休日にやたら電話が鳴る業務が回ってくる。

    一方、小規模とは関係なく、調剤報酬制度の中に夜間休日に喜んで対応することが組み込まれた。

    今回のテーマとはだいぶ乖離しているが、薬剤師は夜間休日という余暇を捨てることを求められるようになってしまった。

    一方、医師は当直はあるだろうけど、しっかり休むようになってきているんじゃないだろうか。ましてや個人のクリニックであれば、盆も正月もGWもSWもしっかり休む。当番があれば別だけど、なければ緊急電話もないだろう。

    この逆転現象は一体なんなんだろう。

    薬局側は単に薬剤師会のアピールだと思う。

    医師の側はワークライフバランス。

    これで十分説明はついたか…。