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  • 人生、苦労は必要か。

    これを人生訓のように言うのは若干違うとは思うのだが、ある程度は賛成。

    苦労はすればするほどいいとは思わない。

    逆に苦労知らずはどこかでつまずく、とかいう根拠のない戒めも果たして正しいだろうか。

    苦労をすれば人間としての経験値は上がるのだろう。難しい状況や失敗をリカバリーしなくてはならない状況に出会えば、乗り切るための知恵や工夫が必要になるから、トラブルがない人生より脳みそは働きそうだ。

    ただ、人生何の苦も無くやりおおせる人たちもいる。苦労と思っていないだけなら、それなりに実際には知恵や工夫のために脳みそは働いており、”苦労なし”ではない。

    更にトラブルにまったく巻き込まれず、サラッと生きてきている人も一定数いるように思う。

    サラッと見せているのか本当にそうなのかはわからないけれど。

    ここでスピリチュアルな話をしようとは思わない。

    運がいいにも根拠があると思うから。リスクを自然と避けている人は結構いるし、トラブルの多い人を見れば、わかりやすいかも知れない。

    深く考えない癖で二言目には「まいっか」と誰が見ても「十中八九失敗しそうだな…」と見えてしまうタイプ。深く考えない、考えが浅い、たいした経験や知識もないのに自信過剰…。

    他には悪い友人の誘いを断れず、ずるずると乗ってしまうタイプ。友人だけでなく、喫煙のような悪習慣も同様。

    タバコを吸わない人から見れば、タバコを吸っている人や「やめられないんだよね」と言っている人の言葉なんて、間抜けにか見えない、ということになる、自分からリスクを背負いに行っているんだから。

    だから、運がいい人の中にはちゃんとリスクを予見して避けられている人と見ることもできるから、あながち経験値が低いとも言えない。

    一部の何か人智を超えた力に守られている人はここではちょっと取り上げないでおこう。

    いずれにしても、苦労はしなくてはならないものではなく、しなくてもその人の力量とは関係なさそうだと言える。

    ただ、自分たちのように凡人は若干の苦労でもないと真剣に取り組む状況が生まれず、怠惰な人間になってしまうかも知れず、そんな人生の注意喚起のためにも多少の苦労は必要なのかもしれない。

    一方、やたら苦労が多い人というのもある。決して頭が悪いとか無鉄砲とか、そういうわけではなさそうなのに。ただ、物事を悪い方にとらえると言動にも表れるかも知れない。言動なら気を付けて避けられるかも知れないが、習慣化したり、とっさに判断、選択しなくてはならない場合に、”とっさ”だけに本能的に、感覚的に、普段の思考の癖が出てしまう可能性は高い。

    人生は常に右か左かの選択に迫られている。選択の連続だと言える。そんな状況の中で、常に自分の癖が出ないように情報を精査して整理して、偏りなく判断し続けることなんてまず不可能だろう…。つまり、ひとことで言ってしまえば、日頃の思考回路が日々の選択に影響し、知らず知らずのうちに”負”を引き寄せているのかも知れない。

    かも知れないといったのはほぼ脳みその中で処理されてしまっていることで、目に見える現象は選択の結果と「なんかよくわからないけど、うまくいかない(まわりもそれに影響される)」とか”なんかよくわからない”けど、結果いい方向にいかない。恐らく、ひとつひとつの選択は大きくは間違っていなさそう…。

    世の中には試練を買ってでもしたがる仁がいる。先ほどから”選択”とは言うけれど、選択の仕方にも趣味趣向がある。楽かどうかで道を選ぶ御仁もいるだろうし、儲かるかどうかで判断する向きもあろう。判断基準はひとつではないし、その時々で適切な基準を以て判断できる人もいる。

    基準がひとつではない以上、決して答えは同じにはならない。ひとそれぞれ答えが違ってくる。

    それが順調を示すものか困難を示すものか、誰にもわからない。こうやって、あとになって、うまくいくやつといかないやつがいるなぁと見て取れるだけだ。