どこをどう行ったら、一番近いか、どこが楽なのか、最初からわかってる。
なのに、まっすぐ歩けないんだ。
考えたらわかるのに、最短距離もわかっているし、険しい道も避ければいい。
なのに、まっすぐ歩けないんだ。
考えなくてもわかってる。でも、正しさじゃないんだ。そっちは危ないけど、面白そう…、そっちは険しいけど、理屈じゃなくて行ってみたいんだ…、と感覚がそうしたいと言ってくることもある。
だから、まっすぐ歩けなかったこともまったく後悔していない。
険しい道も遠回りも期待通り、まっすぐ歩いていては見られない景色に出会えて、大満足。
むしろ、まっすぐ歩かないことを勧めてやろうとすら思う。
ただ、ときどき因果な性格だとも思う。
もっと楽できただろ?
もっと早く成果を出せただろ?
無駄なお金を使わずに済んだだろ?
もっと楽な人生を送れただろう?
もっと、もっと、もっと…。
でも、そのもっともっとは豊かとは限らないんだ。
寄り道、迷走、行き止まり、対面通行できない道…。
それが我が道となる。
それが我が歴史となる。
まっすぐでは得られない蓄積がそこにある。