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  • 善光寺(信濃國)

    釈迦如来は現世を守り、阿弥陀如来は来世を守るんだそうです。観光ガイドさんの説明が偶然聴こえてきて、ふむふむ(笑)

    現当二世安楽という仏教の考え方のようです。

    もっとも”来世”が生まれ変わりを指すのか、輪廻を解脱してあの世に行くことを指しているのかは…恐らく両方の意味がありそうですが。

    当地、善光寺の御本尊は阿弥陀如来です。ちなみに南向き。仏教建築は基本、南向きなので取り立てて言うことでもないのでしょけど、別所温泉の北向観音とセットでお詣りするものなんだそうです。

    北向観音は現世利益。

    一方、善光寺に釈迦堂があって。

    いずれにしても現世利益と来世利益はセット…というか、庶民の人気を得るには現世利益は必須でしょうから、現世寄りになっていった…。

    そもそも生きていくこと自体が困難過ぎた時代のよりどころだったのでしょうから、”解脱”して、しんどい生から逃れたかった頃の思想。尤もお釈迦様自身がそうおっしゃったのか…個人的には疑問を持っていますし、お釈迦様は現世を生き抜く知恵を説いた哲学者だと感じていますので、仏教教団としては…現世ではなく、来世、解脱、往生がキーワードだったんじゃないかと…。

    前回、善光寺にお詣りしたのは2019年9月23日。丸7年ぶりの参拝となりました。

    この時は台風の雨風を搔い潜りながら、諏訪まで行き、戻りながら、天気の好転を見計らいながら行った記憶があります。この時もなかなか行けてなかったので、なんとか行く方向で考えていたとは思いますけど。

    今回は2026年9月21日。

    本当は武田信玄が善光寺を欲しがっていたとか、諏訪を攻略したのはやっぱり宗教的権威が欲しかったからだとか、そういう話も載せようと思っていましたが、毎度長くなり過ぎますので、今回はこの辺で。

  • 塩野神社(信濃國小県郡)

    御神体は「水」だそうです。

    奇しくも当日は雨天。

    御祭神は出雲系の神様。

    生島足島神社の御神体が「土(日本列島)」なので、縄文後期から弥生時代の稲作の神様とは言い切れない…言えないと思っています。

    もっと古い時代の「土」は稲作以前の土から草木が生える、あるいは蛇や蛙や蝉…などが土の中で一定期間暮らし、時機を見て土から這い出てくる、そんな素朴な生命への畏敬…そうもっともっと素朴な信仰があったのではと。

    「水」もやはり稲作に必要とかそんな大層な話の前に、魚などの生物が暮らす場、のどを潤す水、もしかすると災害の原因としての水…もっと素朴な原始で原子な感覚だったんじゃないかと。

    だから、縄文からの層、稲作が始まってからの層があるんじゃないかと。出雲の神様が勧請されたのが1300年前の天武帝の御代(塩田まちづくり協議会サイトより)。結構最近ですので、その前歴のほうが重要。恐らく、1300年前に初めてこの地に信仰の場ができたとは考えにくい…。集落もずっと前から存在していただろうし。何かが更新された時期なんだろうけど。

    ご当地は小高い丘であり、この奥は山です。

    ちなみに天武天皇といえば、皇祖神が天照大神に定まった時期の天皇。まだ、地方は地方の気分で「出雲の神様がいいんじゃね? 諏訪の神様も近いし。」と勝手に妄想。