
諏訪信仰を語る上で、どうしても外せないのがここ。詳しいお話はいずれするとして、建御名方神以前は洩矢一族が奉斎する神様だったはずです。
建御名方神も敗軍の将であり、なぜかこの諏訪の地を選んで逼塞することになります。一時は洩矢一族と交戦状態になったはずですが、大和式?の取り込み策で洩矢一族も諏訪の祭祀に取り込んでいきます。
この洩矢神社は諏訪の神に上書きされずに我が神として祀り続けた場所だったのではないでしょうか。
諏訪という地に来たら来た分だけ、いろんな層を見付けることになり、神長官として取り込まれた洩矢一族は無視できない存在です。
故にいつかお訪ねしようと気にかかっておりましたが、注連縄の紙垂を見てわかるようにどうも歓迎されていないような気がしてならない。暴風といっていい。もちろん地形的には山の斜面であり、諏訪湖に開ける街道の近くですから、隘路を通る風が圧縮されて強くなることはあるでしょう。
しかし、鳥居をくぐる前は何もなかった。くぐって拝殿に近づけば近づくほど風が強くなる。
この日は前日から5月としてかなり暑い日で何か気圧差が生まれたのかも知れないけれど、タイミングが絶妙すぎる。風以外の圧、威圧といっていい恐怖感。
これは速やかに退散するに如かず。
歴史資料としては重要な場所ですが、今後は遠慮しましょうか…。
