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  • 職場の秩序

    結局のところ、仕事のやりやすさは秩序ではないかと思う。

    もう少し柔らかい表現をするなら、仕事や業務が整理されていること、だろうか。

    これはルールや決まり事で縛ることとはまったく違う。

    むしろ、シンプルなルールや法則の中に秩序が生まれる。

    事細かに場合分けされた法律は覚えたり、守ることが主になり、本業が機能しなくなる。

    ガチガチのルールで縛る割に、肝心なところは感覚や慣例、前例に倣え、だったりして、とどのつまり哲学(とまで言わなくても方針や方向性、共通認識)がないから、イレギュラーが起こると業務が止まり、学級会が始まる。そもそもの柱(基本方針のようなもの)がないから、ガチガチの方の思想(従来の考え方)とは別の思想が絡み込んでより一層複雑になる。

    文字通り、ルールや考え方に層ができる。

    まるで一貫性がないから、丸覚えするしかなく、法則や理屈で覚えることができない構造になっている(なってしまう)。

    考える力より記憶する力を求められる。

    考えてしまうと理屈に合わないことや矛盾に気付いてしまうことになる。新旧の違いにも違和感を感じ始める。

    こうして、秩序とは程遠い環境が分厚く醸成されていく。

    だから、秩序とは結局、機能的であるかどうかで評価できるかもしれない。

  • 仕事に哲学があるということ

    わたしは何か具体策を提示したいのではない。もちろん、具体的な方が読みやすいだろうし、ちゃんと読んでもらえるんじゃないかとは思う。でも、そうしたくてもできないだろう? 自分が経験した業務業態ならそのまま書けばいいんだろうけど、私が伝えたいのは仕事の本質とはどんな仕事にも応用できることだということだから。だから、具体性に欠ける部分があっても、まったく異なる業界の人でもちょっと想像力を働かせて読んで頂けるとありがたい。

    そう、根底にあることは同じはずだと思っている。

    …世の中の啓発本やビジネス書をいくらかでも読んだことがある人なら、ある程度のところでやめるんじゃないかと思う。もちろん、具体的な知識や技術を得たい場合は…例えば最新の労働基準法の知識のように法律の変更で知識の方もアップデートしなくてはならない場合や新しい仕事や職務を得た場合に今までの知識では足りない場合など…都度、新しい情報を仕入れる必要はあるだろうけど。

    つまり、それは哲学だ。

    もう少し平易な言葉にするなら、考え方やモノの味方。

    哲学なくして、前には進めない。それができるとしたら、単なる無知か無鉄砲じゃないだろうか?

    『孫子の兵法』は具体的じゃないから、わかりにくいと言われ、ときに敬遠されたり、役に立たないとさえ言われるけど、読む人が読めば、どの世界にも応用可能な万能な哲学書だ。

    「こういうケースはこうやれ」などの指導書は言ってみれば手順書は会社のマニュアルのようなものでよくて、脳みそは必要とはしないし、目的が違う。会社が最低限機能するためのものだし、ここで言っている哲学は今ある業務をもっと効率的にできないか、あるいは事故が起こりやすいから安全に完了できないか、今でも仕事のほとんどは人間が動かしているのだから、職場の人間関係は重要なポイントだろう、とかそういった視点で役に立ちたいと思っているから、書いている。

    でも、さっき、世の中にはそういった啓発本やビジネス書はあふれて居るって自分で言ったよね?

    言った。

    わたしもいろいろ読んでみた時期があって、ほどなくしてやめた。尚且つ最初の10%を読めば、全部読まなくてもほぼ本質はつかめることにも気付いた。

    全部読まないと最後までネタが尽きない本は小説の他はさきほどの「孫子の兵法」のような古代の人たちが記した指南書くらいだろう(別途、オススメ一覧は作ろうと思います)。

    わたしが言っていることは…孫子と競うつもりはないけれど…それに近い。ただ、孫子の場合は戦略・戦術思想だから、もう少し戦闘に生かせる目線であればいいなと思っています。そこに本質を見出して頂けたら…そう思っています。

  • 住吉大社(摂津國)

    2025年4月16日7:00

    いろいろとお力をお貸し頂きたくて、住吉大社のみの一点集中遠征でした。1年ほど前のこと。このあと、いろんなことが変わり始めたのは確かです。もちろん、自分からアクションを起こした部分も多々あります。お預かりしたお力をお返しに行かねば…。

    2019年5月22日

    最初にお詣りしたのも似たような季節だったんですね。もう7年が経っていました。本格的に遠征を始めた頃の最初期の遠征地。

    なので、ひとり遠征部の原点のような場所でもあります。

    さて、住吉大社は新羅征伐の記念碑的に創建されたお社で、それを任されたのが津守氏の祖・田蓑宿禰であり、いわゆる神官が神官家の祖先神を祀るというパターンではありません。住吉大社は住吉三神(と神功皇后)を祀り、津守氏の祖先神は天火明命…? あれ?そうだっけ? 

    住吉大社境内の大海神社は津守氏の祖先神をお祀りしていると記憶していましたが、天火明命だった記憶がない…。失礼ながら、そんなビッグネームをお祀りしていた印象がない。改めて、住吉大社のHPを見ますと、現在の御祭神は豊玉彦と豊玉姫のようです。こちらもビッグネームですが。でも、延喜式では「津守安人神」となっているらしいので、こちらの方がリアルな祖先神って感じがします。

    同じく、住吉大社境内の志賀神社には神社名があらわすように海神がお祀りされています。安曇氏の本拠地が志賀海神社ですから、普通に綿津見三神がお祀りされています。

    綿津見三神(綿津見豊玉彦)→宇都志日金拆命(穂高見命)→安曇氏…系譜で繋がるように志賀海神社と安曇氏、穂高神社と安曇野。神社と地域、氏族が無理なく繋がっている感じがします。

    一方、津守氏は綿津見神も天火明命と両方のつながりを匂わせつつ、繋がらないと思わせるニオイも出しています。

    綿津見系の人たちとも天火明系の人たちとも繋がっておきたかった…そんな雰囲気が見え隠れします。

    あまり仮冒という言い方はしたくないのですが、海に生きる人たち同士で同族意識とまでいかなくても仲間意識はあったでしょう?

    実際、津守氏が津守氏を称したのが遣唐使の頃のようなので、安曇氏、尾張氏と比べるとだいぶ新しい氏族です。一方で、ご先祖様は住吉大社創建の誉れにあずかる一族として大きく出世した歴史があるので、若干箔をつけたい気持ちが働いた可能性も…。

    でも、堂々と「津守安人神」をお祀りしたほうが、誇らしくていいと思うのですが、いかがでしょう。

  • 教える側の責任80%

    いや、何%でもいい。
    教える側の責任が大多数であり、教わる側はせいぜい一生懸命メモを取って、なるべく同じことを訊ねなくても済むように努力すること。

    と言ったのは私の仕事の師であり、のちに様々なOJTの書に、教育担当養成の研修の場で言われたことでありました。

    つまり、特別変わった話ではありません。

    OJTが作業手順を教えることくらいの意味しかないとしたら、責任はいらないんだけど、この責任がないと、その作業手順すらいい加減な教え方になる。

    尤もその作業手順を書き取る時間も与えない教育は教育と呼ぶに値しないんだけれど。

    そもそもOJTとは一定のパフォーマンスを発揮するまでの時間を最短化することです。

    そのためには仕事の意義から始まり、全体像と体系的な流れを示し、これから教わる手元の手技との関連性や位置づけを理解しないと始まるものも始まらない。


    OJTという概念のない場所では日常業務の合間に、作業手順を点で教える…というより”言う”だけで、初心者初学者が短期間にできるようになる可能性は極めて低く、一部の天才か要領のいいタイプだけが自力で習得できるのみだろう。日頃の作業手順の通り”伝える”ならまだしも、その手順すら無視して断片的に”伝えて”も結局”慣れる”のを待つしかない。

    教える…できるまで習得できるまで面倒を見ること。

    言う…言葉にして発する。



    点で…というのは作業の前後関係なしで、「それはこうやって」言ってくるようなケースで、連続性がないから、何の後”こうやる”のかまるでわからないことになる。それではどんなときに「こう」やって、どういうときは「そう」やるのか、受け手(教わる側)がかなりの努力をして整理しなくてはならない。もちろん、「そう」とか「こう」とか様々なバリエーションを自分の中で蓄積させる必要がある。教える側は全部(全体)を知っているはずなのに、それを整理せずに断片で話をする。

    決して、珍しい話ではない。

    A→B→Cがスタンダードな手順ならば、まずそれスタンダードであることとその手順を習得しないと次はない。

    仮にイレギュラーとしてA→B’→C’という工程があったとして、B’のみ、C’のみ教えられても仕方ない。

    文字通り仕方ない。

    つまり、どこから教えるかも法則がある。考えるまでもない。

    一番スタンダードなやり方からしかあり得ない。もし仮に一番スタンダードなやり方の難易度が高いとしたら、スタンダードなやり方を切り分けて、それぞれの位置関係を確認しながら、教えていくか、イレギュラーではあるけど、導入しやすい簡単なものから教えるに如くはなし。



    教える側に責任がないと、できなければできない側の責任になってしまい、それが原因で辞めてしまっても居なくなれば覚えの悪い奴でしたね、で終わる。教える側の成長の機会も失われる。

    最後に残った者が勝ちなのは何もリングの上だけではないけれど、貴重な費用をかけて採用した正に貴重な人材を自分たちの無知のせいで捨てることになるかも知れない。受け入れる会社にとってもなにひとついいことがない。

    教育も採用もやるとわかるけど、教育できないなら採用するな、と思う。

    教わる側、採用される側が気の毒なだけでなく、教える側、採用する側にもいいことがないだけでなく、相当な経費を使っているだけに損しかない。

    何も手取り足取りとは言わない。けれど、採用した以上、道筋をつける責任か必要はあるのではないか。これはあくまでも採用した側、教える側の姿勢として、という話だ。現場ではなかなか経営上の損得まで見えていないことが多いだろうけど、人として、も現場の実務上もそれほど間違っていまい。

    だから、本来現場では”教えてできるようにする必要性”があるはずなんだ。にしても、その辺りの理屈と行動が一致していないのが不思議でならない。

    時々困ったことに教わる側がふんぞり返っていることがある。「さあ、上手に教えてごらんなさい」と言わんばかりの。仕事の不出来を指摘すると「教え方が悪いんじゃないですか?」とくる。”教える側の責任”云々と言っている以上、怯まないでもないが、結局のところ、教える側が教える側の責任を果たし、教わる側も仕事を覚えることに専念する、その関係性、構造がなければ、成り立たない。それにどちらかがふんぞり返っていたら、それぞれの人生もそこまでだろう。

    いずれにせよ、教える側が教えることに責任を持ち、教わる側もそれに喰らいついていく、そして周囲も何を教わって、何をまだ伝え切れていないかを把握して、面倒を見る風土こそが、ひとりの新入社員なり初学者を育てる環境となる。

  • 見たらわかる。

    もうだいぶ使い古された言葉ではあるけど、この見ればわかる状態にするというシンプルなコンセプトに素直に従うと、驚くほど仕事のストレスがなくなる。

    見たらわかる、その場に行けば説明不要で理解でき、どうしたらいいかわかるようになっている、記憶やもしかしたら経験に頼ることもないから思い出す時間もなくなり、即行動に移ることができる。

    対極にあるのが記憶を掘り起こしながら仕事することだろうか。あるいは覚えないと仕事がスムーズにならない、そんな状況。必要な部品や備品、文房具に至るまで、業務に関連する場所にあれば、即座に目に入り、探すまでもないけど、かといって、それらいつも作業場に並べておくわけにはいかないから、連想できる場所であれば十分で、とにかく脈絡のない関連性のない場所には置かぬことだ。

    ただし、間違った”見える化”として、棚や引き出しの中身を事細かに棚や引き出しの外側に表示するのは見にくく埋もれるだけで、ほとんど役にも立たないと言っていい。実際にその場で働けばなんと無駄なことかと気付くだろうに、何年もその表示を中身が入れ替わるたびに徹底している。

    人は「はさみ」という文字を探していないから、「はさみ」と書いてあっても見付けられず、はさみという物体の映像をイメージしているから、はさみの形をしたものが目に入らないと見付けられない。

    整理整頓の意味を間違えると、何もかも見えないところに仕舞ったりする。パッと見、すっきり整理されてよさそうに見えるが、機能ということを考えると、仕舞ってある場所を教える手間も増え、探す手間も増える。それだけでも十分販管費の無駄使いなのだが、熟練者であってもその仕舞ってある場所まで必要なものを取りに行く時間は年間何分、何時間になるだろう。それが仮に大したことのない時間だったとしても、目をつむったままでも必要な道具や備品が揃う環境とどちらがいいか考えるまでもない。

    見える化の本質は全部見えていることということではなく、直感的に、連想的に、業務を進められる…なんか人間工学みたいな話なわけだ。

  • 動機付け

    端的に言えば、その仕事の意義、必要性、大切さ、影響力を理解し、自発的に取り組む意欲を醸成することでもあるし、配置転換であれば、職場や職務、立場が変わることの意義を理解させることだし、配置転換後の行動に大きく影響する。

    人間という生き物は意義を知れば、自然と行動が変わる。種々雑多な業務があったとしても、意義を知っておれば、優先すべき業務に気付けるし、力を入れるべき業務がわかる。

    仮に定型業務主体の仕事でも、動機付けがあるかないかは個々の仕事の成果を左右するだろうし、であれば、自ずと個々の業務の総和たる職場や会社全体の成果も左右するだろう。トヨタのカイゼン活動を例に挙げるまでもないし、改善し続けるという動機を生み出していることは着眼に値する。

    問題や課題がわかっているのに放置することほど愚かなことはない。

    愚かだと言ってしまおう。

    かなり昔の話だけれど、ある製造業の社長にお会いすることができた。当時、メーカーだけでなく卸や小売業からも経営の神様のように言われたお方で、当時自分の上司が会うことになったのを聞きつけ無理を言って御伴することになった。

    その時、その社長はいくつかのお話の中で「問題解決より、問題発見」だというようなことをおっしゃった。事実、自社の営業マンには問題発見をしつこく求めるのだそうな。問題発見の数と担当する取引先様への訪問回数(これは業務の数値化のような意味合いがあるはずで、評価制度上の基準のひとつだったのかも知れない)。

    この話はいろんな意義を含んでいるので説明しづらいが、観察眼を磨けということがあると思う。安易に解決策に走るより、問題の全体が見えた(見えてからの)方が実は少ない打ち手で解決できることが経験上言える。モグラたたきは問題解決ではなく(愚策であり)、一石二鳥、三鳥を考えるのが仕事であろうし、経営であろう。

    もっと言えば、ボタンひとつで問題のすべてを解決するのが賢いものの選択だ。

    違う言い方をするビジネスパーソンもいるかも知れない。どんな現場に行ってもまず初手は「現状把握」。これも同じことを言っていると言っていい。

    何よりも問題の発見が一番難しいよ、と経営の神様はおっしゃった。

    おまけのように付け足したが、営業マンに訪問回数を求めたのも深いお考えがある。どんな話をするか、どんな提案をするか、そこではないと。若干、昭和のにおいがしないでもないけれど、会う回数が増えれば、自ずと必要な化学反応は起きるということだろう。上司や会社があれしろこれしろ、こういう提案を持って行けだのと言うより、足を運ぶことでそれぞれの取引先様に必要な問題や課題が発見され、明確になって実現する。

    成果はおのずとついてくる。

    こういった話は決して新しい思想でもなければ、むしろうまくいっている会社が昔から愚直に繰り返しやっていることであって、いくらでも書籍などで触れることができることだから、参考にしない手はない。

    実際、この経営の神様にお会いしたのは2010年より前の話だし、トヨタの〇〇みたいな書籍ならもっと昔からある。

    いいことは真似るという単純でいいことをしない会社やビジネスパーソンはその時点で思考停止していると言っていい。停滞は衰退と言われ始めてこれも何十年と経つ。私が社会に出た1998年の時点ですでに言われていた。

    他者から学ばない会社やビジネスパーソンには衰退の道しかない。

    動機付けがあるかないかで、その会社の、その部署の、その職場の程度が知れるし、そこに働く人間の未来を左右するかも知れず、あまりにも責任が大きい。

  • 医薬品の供給が悪化した背景(その2)

    当初、原薬の供給不安が言われた時期がある。当初とは言ったけど、最近は医薬品ごとの出荷調整の理由もよくわからないので、現在も同じ状況なのか、品目によって違うのは判然としない部分がある。

    もともとインドが原薬の供給減だった。インドの特許制度が結構特殊で、製造工程が違えば出来上がりの成分が同じでも勝手に作って問題なかった。だから、あちこちに安価な原薬メーカーが存在して、日本のメーカーもおおいに利用したらしい。薬価の低いジェネリックなら尚更だろう。

    ただ、品質に問題があった。今すぐ明確な問題がなくても、その品質について再確認する必要に迫られるケースがあったように記憶しているし、同じような状況は最近もある。

    いい喩えではないが、インドという国は使い古しのペットボトルにその辺の水を入れて売る国だ。一方で工業国としても目覚ましい発展をしている国でもある。日本側でも当然品質基準があって取引しているだろうけど。

    戦争も物資の供給にマイナスの要因だろう。飛行機が飛ばない、飛んでも回り道することになりコストが高い、船なら通れる海路、日数、やはりコストアップしかない。

    いろんなことが足かせになる時代になった。

    コストと言えば、日本人の給与水準が上がったせいで、日本人が物を作ると当然できたものの値段が上がってしまう。当然ながら、世界の市場に目を向けてコストダウンを図るのは自然の摂理だと思うけど、国内の製造能力は落ちていく(いった)。

    日本人の給与水準が上がったとは言ったが、別に日本人全員が富裕層になったわけじゃない。相対的に物価は上がっているし、海外の人件費の安い商品のおかげでそれなりに裕福に暮らせるようになったに過ぎない。平均的な日本人の暮らしの中のどこにも余っているお金なんてない。

    いまだに中国製品を嫌う人は多いと思うけれど、なんだかんだ言って、人件費の安い国の製品は安く仕上がる。そんなことを言いながらも何十年も作り続けてきたローコストの製品は品質の面で馬鹿に出来ないくらいのレベルになってきている商品も出てきていないか?

    安かろ悪かろと馬鹿にしていた国に結局のところ競争力で負けているとしたら、笑えないんじゃないか。いくらいいものを作っても売れなければ経済は回らないし、作り手は貧しいままだ。買い手も買わないんだから、いい商品の恩恵に預かれない。

    一方、バングラデシュの貧困層の労働環境が問題になったことがあったけど、結局世界の衣料メーカーがどこもかしこも喰いものにしてる構図があるから、問題にして労働条件が向上して、もちろん賃金も改善されれば当然商品(価格)に反映されてしまうわけで、改善を望まない人たちもいる。

    だから、商品を安く作り続けるためには安い原料と安い労働力が必要なんだけど、矛盾も多い。搾取もあろう。商品だけを見ているとわからないことがたくさんある。

  • 医薬品の供給が悪化した背景(その1)

    もう5年以上にもなるか。

    一般の人が興味の湧くようなことを書こうと思えば、製薬メーカーがお上に届けた内容と異なる製法で製造していて、そういうことをやるジェネリックメーカーはやっぱりバッタもんを作るしか能のないメーカーでジェネリックメーカーを貶めれば収まりがいいかも知れない。

    ただ、それは上っ面の話であり、本質ではないし、結局解決しない話になりかねない。

    一応、軽く触れておくと、公定価である医薬品の値段(医薬品と言ってもここでは保険薬に限る)が製造コスト等々を考慮した値段設定ではなく、日本の財源ありきで決まることに問題があろう。確かにジェネリックなら研究コストは加味される必要はないし、保険の負担を減らすのが存在意義だから、安くないと意味はないのだけれど、一方、作っている側は資本主義経済の中で作って売っているのだから、最低限の原料コストを回収できないと商売として成り立たない。メーカーとてボランティアじゃない。

    それらが”企業努力”としてのコストカットがあらぬ方向へ進み、暴露された面はあるかも知れない。ここで、「メーカーの行った違法な行為は許しがたい」などと評論家じみたこと言ってもこのサイトでは意味がない。そこが本質ではないと思うから。まぁ、企業なんだから、コンプライアンスを指摘されるようなことは避けられなかったの?とは思うけど、力学として追い詰められた人がいる以上、追い詰めた人がいる。

    まさか、ジェネリックメーカーが感じなくてもいい圧力を感じて、いけない方向に走ったとでも言うのかね?

    追い詰めたのは国。関係省庁。立法府たる国会。政府。

    そして、一部国民。

    そもそもが保険の負担を薬価切り下げだけでやろうとすれば、無理が出る。無駄な処方をなくす、国民(患者)が無駄に医療機関に行くのをやめる、保険負担を本当に必要な治療のために振り分ける、もちろん若干の動きは保険制度の改変のたびになかったわけではないけど、かなり微弱で、これまで薬価一辺倒だった。

    つまり偏っているんだ。

    税金の無駄使いはなかなかテーブルに乗らないお題だし、議員ボーナスも国民の金銭感覚を考慮した議論にはなりにくい。

    それなのにメーカーへの負担やついでに言えば薬局への圧力はやりやすいようで。

    つまり大枠の話は国のお金の使い方のルーズさが原因。

    診療報酬/調剤報酬の点数をいじるだけでは根本的解決には程遠い。

    わかりやすい例を挙げる。

    がんは治る病気になった、とプロパガンダのように聞こえるんだけど、治療費は相変わらずべらぼうな金額がかかる。高額医療制度により援助を受けることは可能だけど、ありとあらゆる公的支援を受けても途中で断念する患者さんはいる。

    一方、肝斑といって、お肌のシミに対して保険が利き、大量のビタミンCを仕入れ業者のように持っていく。

    もちろん両者の金額差は比べるべくもないし、肝斑を有償化しても大した金額ではないかも知れない。

    ただ、こんな単純な比較検討がなされないと、本当に必要なところにお金が回らない。

    最近は総合病院への受診は紹介状がないと受診できない、あるいは初診料を多めに取られるなどの動きは進んでいるけれど、いまだに持病もない、ただの風邪のために大学病院でなきゃなりませんという人には閉口する。なぜか共通して大学病院にかかることを誇る。

    これと同系統の患者さんに偉い先生にかかっていると誇るパターン。前の院長先生の時から診てもらっているからここでなきゃならない(院長先生はとっくに引退なさっている)、〇〇教授にしか診てもらわないことにしている(重病でもなければ、研究対象になりそうな難病でもない)、など。

    商売をやるとき、一番の着眼点は客数。客数の確保が何よりも大事だけれど、保険の負担を減らすという観点ならやっぱり客数だろう。つまり患者数の絶対数を減らすのが一番効果が出るはず。それなのに商品の値段を上げ下げしているようでは減るものも減らず、利益の出ない商品を作る作り手などいなくなる。

  • 皆神山(信濃國)

    どちらかというと、都市伝説的な部分に興味があって、お邪魔しました。

    熊野出速雄神社

    勘違いしていました。熊野三山の熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の熊野速玉大社から勧請されたものと思っていました。

    「速」という字に釣られていました。

    速玉男命は伊弉諾命のこと、出速雄命はと言えば、諏訪神・建御名方神の息子さん。全く別人で、つまり、この社の始まりは諏訪系。

    いや、伊弉諾命と出速雄命が実在したとすれば、伊弉諾命の方が時代は古いんですけど、信仰としては諏訪系が先でしょうね。熊野修験道のピーク時期を考えても。

    だから、先に諏訪、のちに熊野修験道が絡んで熊野神を祀り、今の形の原型になったということでしょう。

    なので、ホームページにもあるように奈良時代に出速雄神社(創建718年)として始まり、中世に熊野修験道がここに拠点を置き、信濃國の山伏の支配権を持つまでに成長した歴史と整合性が取れます。

    その頃に熊野神を祀るようになり、名前も熊野出速雄神社に改まったのでしょう。

    もしかすると「名前、似てね?」とかそんな会話もあったかもね。

    ずっと熊野系と思い込んでいましたが、やはり諏訪勢力がベースにあるようです。更にもっと古い層はわかりませんが、山の形と言い、信仰の対象だったことは十分考えられる場所だと思います。

    長野市の東南端の山際にこの皆神山だけ縁取りのように平地があって、プリンのようになっています。

    冒頭書きましたように、世界最古の人工ピラミッド説、UFO基地説、山自体が宇宙船説、松代群発地震とUFOの関連等々、スピリチュアル界隈では白飯何杯の聖地なんでしょうけど、行けば普通の山奥の修験道のにおいのする神社、それだけかな。

    山奥…といっても本家の熊野に比べると全然かわいいものですけどね。

    ただ、長居はしたくない感じがして、早々に退去して参りました。明らかに不気味。昼日中にねぇ…。

    もちろん、その正体はわかりませんよ。見えませんもん。そもそも目に見えない存在なのか、何か野生の存在なのか…。

    ただ、気を付けておかなくてはいけないのは、修験道の最後の修行、「入定」について、あまり語られることがないということ。つまり、本当のところを知られていないのではないかということ。

    東北の即身仏のことが話題に上がることがあっても、いかなる修行だったかを知る機会はあまりありません。

    誤解を恐れず言えば…すべてではないようですが…生き埋めの修行です。言葉の意味的には深い瞑想状態(禅定)のまま入滅する(亡くなる)ことのようですが、現実には石窟や洞窟で最後の行として行われるもののようです。

    弘法大師(空海)が今でも高野山で深い瞑想を続けていて、朝に夕に僧侶が食事を届けに行くという話題をテレビでも何度か見たことがあるけれど、もともとは密教の修行形態のひとつのようです。ここでは空海はいまだ生きている、ということになっています。

    奇しくも高野山も熊野も目と鼻の先。

    修行の最終形態として、行の究極の形として、断食と瞑想を続け、そのまま亡くなること…AIには否定されたけど、精神的には瞑想状態が続いていて、同時に肉体を手放しているのだから、生きながらにして肉体を捨てる…と言っていいのではないか…。

    衆生救済のために。

    富山県高岡市の古城公園の付近に定塚町という地名がある。訳があって調べたことがあるのだけれど、由来は熊野修験行者が”入定”した”塚”から来ているのだそう。これは高岡市のHPか何かに書いてあったから、それなりに根拠のある由来だと思う。事実、近所に入定塚遺跡もある模様。

    実はこの件を調べていて、”入定”というものを知ったんだったか、五来重氏の「日本人の死生観」か何かを読んだ前後だったような気もする。

    いずれにせよ、壮絶な修行であることは間違いない。

  • A Night at The Opera

    年齢のせいか、名曲を聴いて「えぐっ」となることが増えた。こみ上げてくる。

    Tears In Heavenの「I must be strong」の部分をその一例に挙げた。

    さて、言わずと知れたQueenの名盤『オペラ座の夜』の同名曲。これも共感していただける人がいるものかはまったくわからないけれど、「Mama,Life had just begun」のところで同じ現象が起きる。

    10代の頃、Freddie Mercuryの名前もQueenの名前ももちろん知っていたけど、まだちゃんと出会ってはいなかった。Queenよりも先に動く映像を見たのはFreddieだった。1991年、彼の死の直前の自身がAIDSに侵されていることを発表する記者会見のようなニュース番組の映像だった。

    当時、AIDS自体が治療法も確立されていない、だから彼はその記者会見の直後に亡くなっているんだけれど、同性愛が根拠もなく、AIDSの原因かのように囁かれ(非難され?)、いわれのない差別受けていた時代でもあり、10代の自分には衝撃以外の何者でもなかった。いや、10代では同性愛がいかなるものかもわからなかったし、未知の疾患に複雑な思いを抱きながらも考えさせられたのは間違いなかった。尚且つ、スーパースターと言われる人物がテレビに出た直後に亡くなったと知れば衝撃以上の表現が見当たらない。

    10代の自分といえば、医療を志す受験生であり、ロックをこよなく愛するギター少年でしかなかったんだから。

    ここで糺しておくけれど、AIDSの感染は一部の体液感染であるのみ、ということが重要で、唾液や汗、涙、尿で感染することはほとんどなく、感染力でいえばそれほど強力ではないし、ある一定以上のウイルス量がないと感染しないのは他の感染症と大差ない。同性愛であることはまったく理由にも原因にもならないということ。

    ただ、肛門性交が出血しやすいことから、血液・精液間で感染する可能性が高まりやすいということはあるかも知れず、これは相手が同性異性に関係ないことで、更に不特定多数の人間と関係を持つ習慣があればやはり感染のリスクは増える。これは原則論、一般論として。

    Freddieがどういった性的志向であったかは一応公にはなっていないことになってはいるけど、どうだっていい。彼が誰か大事な人を愛してそうなって、それを受け入れて、亡くなった。

    そして、彼とQueenが作った音楽は今でもぐらぐら心を動かす、それだけで十分なんだ。

    じゃないと「ママ、人生始まったばかりなのに」なんてつらすぎる。彼が生きていれば…と何億の人間が想像しただろうし、可能なら、今だって生き返ってほしいと思う。

    享年45。

    彼の年齢も超えてしまった。

    1991年といえば私は大学受験の歳。その後、ひとり予備校の寮で浪人生活を送りながら、この1年はJohnny WinterとQueenを一番聴きましたっけね。

    そんな時分を振り返るとまたね、いろいろこみ上げてくる…。