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  • 退薬後3ヶ月の体重

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    一年の平均体重で見るとBMI25.5で基準で見ると肥満カテゴリーではあるけど、直近の平均体重73.6㎏を使うと23.76であり、標準の範囲内に収まった。

    ただ、このBMIと健康寿命とは若干ズレがあるようで、BMI厳守よりもう少し小太りの方が健康寿命は長いとされているので、今の体重は下限値くらいに認識するのがいいのかも知れない。

    BMIを肥満ギリギリの25.0(未満)を狙うなら、体重は77.44㎏。

    体重を減らすのは退薬したからで、食事内容は変わっていないので、当初から思案してきた食事内容にそれほど間違いはなかったのではないかと思う。ただ、正直、勢いよく73㎏台まで落ちたので、これ以上落ちないようにというところと、もう少し微調整的に上げておきたい気持ちはある。75~76㎏というところか。

    もちろん、甘いものを食べるとか油物をということではなく、少し朝昼に食事量を振ることを考えてみたい。一人暮らしの自炊なので、夕食を自前で作るのが精いっぱいな面があるが、そこにメスを入れるのが次の段階ということになろう。

  • レベル(程度)差ストレスうつ

    この件はどのくらい共感を得られるのか、むしろ反感を呼ぶような気もしないでもないが、書いてみる。

    結論を言えば、自分が認識していることと環境(ほとんどがその環境を作っている人間たち)とのギャップにストレスを感じる、これが原因になることがある、という話。

    その環境とは、上司や部下、会社からどう思われているかは知らないけど、言動に問題がある人、相手によって態度が違う人、裏でこそこそやっている腹黒い人、こいつ、アホか?!と言いたくなる人は、上司だろうと同僚だろうと部下だろうといるし、時に会社という組織やシステムに対して問題を感じたりして、それらと自分の認識とのズレがストレスの原因であり、それがうつにつながりかねない。

    会社に対しては…法律や会社規模によって、できることできないことがあって、客観的にはやむを得ないことであっても整備された大会社から小さい会社に出向や転職で来た人には、あっちでできてこっちでできない、がストレスになることもあろう。ただ、やはり、大企業(上場企業)にはできても中小企業(非上場企業)ではできないことがあるのは確かだろう。

    うつの原因が「ストレス」なのはそれほど反論はないだろうから、これらのギャップを感じることによるストレスは十分、うつの原因として成立する。

    うつ人口がどのくらいになったか具体的な数字はわからないが、”社会が悪い”といつまで有耶無耶にしているんだろう。

    どこの世界にも程度の悪いヤツというのはいる。悪気はないとかで許されているのも不思議だが、物理的でも言葉でも暴力は糺すべきではないだろうか。

    不思議なもので社会的な地位や会社での職位とはあんまり関係がないように思う。

    ご出世なさる人とその人の人間性はまず関係ない。

    人品ともに優れた人だけが出世するということはまずない。

    出世というのは仕事ができるとか、ちゃんと立ち居振る舞いができているとか、そんなことじゃなくて、会社や上司が扱いやすいかどうかという部分もおおいにある。会社が機能するうえで重要な能力でもあるのだから、人間性がどうとか言っても仕方ないい。

    だから、上下左右にストレスを放つ人間というのは存在して然り。

    となると日常的なことになる。

    となると日常的なストレスが環境に備わっているということになる。何か自分がミスをして叱られなくても、だ。

    となると日常的に回避することを覚えなくてはならない。

    そこが難しい。

    例えば、日常的に嫌味を口癖のように言う人が同僚にいるとしよう。

    例えば、普通に指導なり、伝達なり、要望を伝えれば済むことに、なぜか非難めいた言葉遣いになる人が毎日会う同僚の中にいるとしよう。

    例えば、午前中は低血圧なのかは知らないが、朝会った時点で最初からイライラしていて、言葉を選ばずに強い言葉で接してくる同僚がいるとしよう。あるいはテンションが異常に低く朝の挨拶をしなくてもいいと思っているか、聞こえるかどうかくらいの声で顔を見ずに挨拶をする同僚がいるとしよう。

    「〇〇して頂けるとありがたいんですが」と言えば済むことなのに、「なんで〇〇できないんですか?」というなぜか非難めいた言い回しになる。ついでに「やらなくてもいいとでも思っているんですか?」と嫌味のおまけがついてくる。

    OJTがある職場ならいざ知らず、ない場合はたいてい〇〇をトータルで教えていないとか、どういうときに〇〇をやるとか、何か習慣的に〇〇をやることになっているという職場ルールを教えていないとか、他の記事にも書いたが、教える側の責任を果たしていないケースにおいて、教える側は”やって当たり前”の習慣と化しているため、”やらないのはおかしい”と心の中で非難モードに固定されてしまっており、そのまま口に出ている。言われた方は鳩に豆鉄砲である。

    いずれのパターンもここは職場(仕事をする場)なのだ、社会の一部でお給料が発生しているのだ、そんな状況のわかっていないこどもなのだと思うしかない。いちいちこちらまで反応して(ストレスを感じて)しまっては自分ばかりがストレスを感じて損である(こどもの方も何か不満があってそのような態度なのかもしれないが、理不尽なことで怒っているだけで、ひとりで怒っているにすぎず、それによってストレスを感じても知ったことではない)。かといって、傾向と対策をして論破したところで、そもそも長い間上記のような態度でも誰も注意してこなかったという環境そのものの要因もあるから、反論した分だけ自分がアウェー(孤立)になるだけだろう。

    決して自分は間違っていないと奮い立たせようとか、自分を正当化することで、ストレスを感じないように心の整理をしようというのも悪くはないが、エネルギーがいる思考方法ではないだろうか。もちろんそういった方法でもストレスを受け流せるならそれでもいいと思うが。

    基本姿勢は関わらない、ということだろうと思う。

    社会で子供のふるまいをする相手に正面から取り合う必要はないだろうし、思いつかない。

    こういったレベル(程度)差が原因でストレスを感じるわけだけれど、逆に「子供の相手はしていられない」と程度差を逆手に心の整理してみる。

    大人になれよ、という話なのだが、先ほども述べたように、ある一定期間それでやってきてしまった人に改善を求めるのは難しいことかも知れない。然るべき立場の人が注意を与えればもしかしたら違うかも知れない。あるいは信頼関係のある同僚が心を割って話す機会を持つこともこれまでの時代にはあったかも知れない。でも、今時ご指導すべき然るべき立場の人も同僚として信頼関係を作れている人も、人間教育のような危ない橋は避けたいのが正直なところではあるまいか。

    いずれにせよ、毎日のことになる可能性があるので、それだけにいちいち取り合わず、受け流す、あるいはとらえ方のパターンを決めて、心の整理をする…そういった工夫が必要なのではないか。

  • うつと瞑想

    瞑想の効果は頭の中の整理、最適化です。これは睡眠も同じ効果があるので、十分睡眠が摂れるのであれば、それだけでいいかも知れません。

    瞑想は割と体調もよくなって、社会復帰したあとに、お昼休みや電車通勤のときにやるといいかも。

    車の運転中は…ダメそうなイメージだけど、決して目をつぶってしなきゃならないものじゃないから、本質というかやり方がわかっていたら、可能です。

    午前中、少しストレス感じたな…、今日はなんか疲れたな…そんなときにプラスαでできるといいんじゃないでしょうか。

    おおまかなやり方は
    姿勢を糺す。背筋を伸ばして、体を揺らして体幹の中心線を探す。
    丁寧に呼吸をする。

    以上です。

    最初の姿勢ですが、あまり形は気にしなくていいのではないかと思います。つまり、坐禅を組まなくても、電車の吊り革につかまった状態でも構わないのです。

    大事なのは呼吸。

    鼻で呼吸をする。

    吸うときは空気の流れを感じて、「鼻から入ってきてるな」と認識する。空気の流れを感じる。吐くときも同じ。「鼻から出ていっているな」と認識する。別に鼻じゃなくても、腹式呼吸で「おなかが膨らんできたな」でもいい。とにかく息を吸ったり吐いたりじゃなくて、その状態を観察して、「今こういう状態だな」と認識し続ける。

    吸うときも吐くときも一定のペースで吸ったり吐いたりする。3秒で吸ったり吐いたりするより10秒の方が難しい。

    最初は…

    「いーち(吸う)」「いーち(吐く)」

    「いーち、にーい(吸う)」「いーち、にーい(吐く)」

    段々長くする。

    「いーち、にーい…きゅーう、じゅーう(吸う)」「いーち、にーい…きゅーう、じゅーう(吐く)」

    あくまで一定のペースで。最後の方で一気に吸い込んだり吐いたりしない。毎回、満タンまで一定のペースで吸い切って、吐き切る。

    大事なのは一定のペースであることと、「今空気が入ってきてるな」などなどと認識すること。これがどうやら自分の内側を見つめることになって、脳の中が整理されていくらしい。

    脳とは言ったけど、心と置き換えてもいいんだと思う。

    瞑想は決して心を空(から)にすることじゃない。

    むしろ見つめて「今こういう状態だな」と観察すること。

    それが仏教の言うところの「内観」なのかどうかはわからないけど、漢字の感じはそれだと思う。

    ちょっと脱線するけど、仏教の言う「空(くう)」が誤解されて、瞑想中は心を無にする、みたいな感じに理解されたんじゃないかと思うのですが、もちろん、瞑想中に騒がしい心の動きを落ち着かせるために心の中を観察するように言っているんだと思います。

    それに付け加えると仏教の「空(くう)」は心の空っぽではなく、目に見えているものはむなしいもの、ただ、このむなしいという言葉の印象もズレが発生しそうですが、目に見えているものは見る人が違えば、別物に見えているから、こだわったり執着することに意味はないよ、という意味だと思います。それを「空(くう)」と呼んでいるだけで、心を空(から)にしなさいとはお釈迦様は言っていないと思います。

    (参考)

    『仏教瞑想論』蓑輪顕量

    『ヨーガ・スートラ パタンジャリ哲学の精髄』A・ヴィディヤーランカール

  • うつと自然音、胡弓、二胡、古琴、琉球音楽

    うつのときにストレスを和らげる、解消する手立てとして何かいい音楽はないかと考えていました。

    発症直後のあまり状態がよくない時は「何も聴きたくない」が正直なところですし、家族が発する生活音ですらしんどさを感じますが。少し持ち直してくると気を紛らせたい気持ちも出てきます。

    そんな中でも自然音、胡弓、二胡、古琴、琉球音楽(三線など)の音はありじゃないかと。自然音は説明すると雨音や川のせせらぎの音、小鳥のさえずりなどです(レンタルCDやiTunesで入手しました)。不思議なのは自然音くくりなのに、海の波のさざ波はダメでした。しんどくてすぐやめました。雨音は比較的複数の方からも賛同を得ました。と言っても身近な数人ですけど💦水の音は総じて良いようですが、私は波の音はダメでした。民族楽器でも金属弦の二胡はキンキンしてダメなんじゃないかと予想していたのですが、そんなことなかったですね。割と心地よい。たまたまiTunesで見つけた川崎元司朗さんの『琉球島唄』はよかったですね。三線の音はもちろん、この方の歌声が柔らかくて。独奏なので騒がしくなくていい。琉球民謡でもお祭りなんかで合奏するにぎやかな奴はちょっと合いません。

    うつって、ある程度ストレス耐性が上がってこないと音楽を聴こうとか気持ちを紛らわそうという段階にすら入れない。だから、最初はいくらか薬で底上げする必要はあると思いますけど。

    ちなみに私はヘビメタでも大丈夫でした。全部が全部よかったとは言いませんけど。重い気分の時に楽しい音楽はダメです。上向かない時に無理矢理上向きの音楽はダメ。そもそもヘビメタはネガティブを体現した音楽ですから。そういう意味ではブルースとか中島みゆきも正解なのかも知れませんが、あまりしっくりいかなかった記憶があります。

    なので、何か共通の法則があるのかわからないのですが、気持ちを落ち着かせたり、ストレスを軽くしたり、そういう効果のある音があるのは確かだと思います。

  • うつと認知行動療法

    簡単に言うと自分自身の思考パターンを見つめ直す手順が書かれています。パターンもだけれど、今日は、今週は、ストレスを感じている、イライラしている、不安が強くなっている、そんな今の状況も追っかけます。

    実はその自己分析あたりで抜けるきっかけみたいのに突き当たって、そのまま(と言っても1年かけてですが)薬をやめました。もちろん、そのときそのときの主治医と相談しながらね。

    だから、最後まで認知行動療法を実行したわけではなくて、きっかけをつかんだだけとも言えます。

    少なくとも不思議なことに「今週はイライラしてるんだな、〇〇があったからだな」とそこから、ぐるぐる回る思考をとめるきっかけになったんじゃないかな。

    ストレスになる出来事をいつまでも頭の中で巡らせて、反芻して、疲れていくパターン。

    少し脱線しますが、社会(会社)って、そのストレスを一生懸命思い出させる仕組みのようなところがありますね。忘れたいのに忘れさせてくれない。

    ストレスや怒り、不安を数値化してグラフにする。何週間も落ち着いていたのに、悪化したの●●だなって、気付きやすくなるから、●●を避ければいい。完全に避けられなくても距離を気を付けてみることはできるかも。

    それは家族も同様。家族との距離は難しいよねぇって言うんですけど、だからこそ重荷になってる。

    別に縁を切れと言っているわけじゃないでしょ?

    原因のひとつだって分析したなら、距離を今よりとることでストレスはストレートに減るって意味。すべてを避けることもない。家族Aとの▲▲関係の話がイヤだって感じるなら、ピンポイントで避ければいい。避けられないような内容ならせめて短時間で切り上げる。「ごめん、むり」を発動。2番目のストレス源を避ける。具体的に理解できるから避けるポイントがわかる。

    私の場合、そこまでで十分でした。この書籍はあくまでも一般の患者さんでも使いこなせるもので、医療者の介入はなくてもいけます。もちろん医師がコンサルするケースもあるみたいですが。

    私の場合、長年のうつ歴の間に家族だろうが、パツっと切るすべを身に着けることができていました。因果なものでうつのおかげです。

    そこまで気を遣うことやあらんやと。

    でも、家族だからこそ言えないこととか気を遣うことがありますよね。かえってそれが募りやすい。

    それを発見して明確にすること。

    この先は私も未体験なのですが、新しい思考パターンを身に着けていくことになるみたい。

    私の場合は思考を捨てることとストレス源から離れることが大事だったので、特になりふり構わずでもないのですが、後者を実行したことが…もちろんリスクはありましたし、今も無縁ではいられませんけど、大きな前進には違いありませんでした。

    意外にも原因を明確にすること自体にストレスはなくて、それとは関係なく、回避できなければストレスを感じ、回避できればストレスが減って精神が安定するということ。

    だから、明確にしたことが何より大きかったわけです。

    また、機会があれば、認知行動療法の未経験部分についても研究してお伝えできれば。

  • うつと歩くこと

    歩くとセロトニンの分泌が活発になる。セロトニンが出ると心が安定する。

    でも、歩いたからといって実感するほど精神面に変化を与えるわけではないような気はする…。それよりも日中外に出る、とか、お店のスタッフでもいいから何かしらの接点を持つ、とか、なんかそういう利点が大きいような気がする。

    もちろん、そういった活動が億劫だと思うんだけど、あまり負荷にならないようにでも、少しだけ活動を増やすことがより安定につながるのは確かだと思う。

  • うつと体重

    抗うつ薬をやめたのが5月の中頃でしたか、それ以降の体重低下は明らか。

    別件で減量の指示が出ています(笑)ので、目論見通りなのですが、薬をやめるだけでここまで変わるとは…。

    食事の工夫は当然ながらずーっとやってきました。ある程度までは下がるのですが、下がり幅は決して大きくなかったんですよね。ちょっと外食が増えると体重も増える。

    そもそも抗うつ薬の多くに代謝の低下があります。添付文書にも機序不明の代謝低下と書いてあったかと。とにかく代謝が落ちる。プラス食欲というか、食べる量がコントロールしづらい。無限に食べられる。

    おなかが減るというより、食べ始めるとずーっと食べられてしまう。多めに作ってしまうと全部食べられてしまうから、最初から作る量を抑えなくちゃいけない。それでもやっぱり薬をやめる前後を比べると代謝機能は格段に違う。

    歳をとると代謝が落ちて、相対的に時間の流れを早く感じるようになる説を信じているのですが、まさに薬をやめて代謝が向上すると時間の流れが遅く感じています。自分の回転数が劇的にあがって。

    もちろん、短絡的にやめれば痩せられるという発想はダメですよ。私の場合、いろいろありまして、肝硬変初期の脂肪肝があって、差し迫って減量の必要があったこと、実は以前から肝機能の数値が高値であったこと(この頃は自宅で酒を飲む習慣もなく、仕事関係で飲むくらい、ただ飲むときはかわいい量ではなかったですが)、抗うつ薬の副作用と思われる副作用がずっとあったことなどがあったので、あるとき精神科の医師に相談したら、現状は薬に頼っている状態には全然見えないから、やめちゃっていいよ、と。それが1年くらい前の話で、それでもそんな会話があってからすぐやめたわけではなく、当の本人が慎重で1年くらいかけて退薬したわけですね。

    ですから、痩せたいからやめるような話ではなくて、やめるにも段取りがあって、やめていいか減らしていいかの判断もやはり専門的視点が必要。

    ただ、批判的な言い方をすれば、精神科医が数値的根拠を持って判断しているわけではない(だろう)こと。少なくとも検査などはせず。さすがに一か八かとは言わないけれど、若干「えいやー!」の部分はある。

  • デパス(エチゾラム)

    こいつは飲んだあとの反動がヤバい

    うつの治療期にそれでも気分が上がらなかったり、ストレスを感じたり…ストレスに縛られたりしたら飲むために処方されていたんだけど、今でも抗うつ薬が抜けてからも念の為に処方されているもので、とにかく0.5mg一発でもなんというか反動を感じる。

    結局、ドーピングしてんだな。無理矢理借金して活動力を増強してる。だから、あとから削られてる感じが出てくる。

    わかっていることだから、この11年間控えてきて、前の担当医からもこれで治るわけじゃないからと言われ、ほとんど飲んでこなかったんだけど、抗うつ薬が抜けた今…ちょっと仕事でうまくいかなくて…かと言って、抗うつ薬に戻りたくはないから今こそと思って。明日からは環境が変わるから今だけだと思ってね。

  • うつと朝日

    うつになると朝が起きられない。厳密にいうと起きたくないとかまだ眠いとか、そういう甘えからくる状態ではなく、動けないとか発動しない的なところから始まる。

    目が覚めた時点でバッテリーが赤い。動こうものなら電源が落ちる。

    この状態だと朝日を浴びることすらままならないのだけれど、どうしても朝日を浴びねばならない。

    つくづく、うつって、吸血鬼みたいなものだなって思ってました。

    それはいいとして、朝日を浴びねばならない。朝日を浴びるとセロトニンとメラトニンが分泌される。

    セロトニン:心が安定する。エンジンでいえばアイドリング。アイドリングがないとアクセル(この場合はアドレナリン)を踏んだ時にエンジンが回らなかったり、ノッキングしてエンジンが止まる(マニュアルの車に乗ったことがない世代には伝わりにくい喩え)。

    メラトニン:朝起きて夜寝る、というサイクルを作る。

    寝ることがうつの治療の核だから、このメラトニンの分泌は最重要、そしてメラトニン分泌を促進するのがお日様ならお日様を浴びるのも最重要となる。

    で、起きられないという話に戻るんだけど、そこはなんとかお薬の力を借りて、最初は無理でも徐々に睡眠時間を稼いで、バッテリーも低空飛行ながら溜めていって、あまり遅くない時間に起きられるようになる。夜は夕食が終わったらすぐ寝るくらいの気持ちで生活スタイルを固める(まぁ、食べてすぐ寝れば、太るし、抗うつ薬のせいでも太るので悩ましいところだけれど)。

    20時半とか21時にはふとんに入っていました、わたしは。

    朝起きて夜寝る、朝日を浴びる、これらはセットなので、このスタイルを固めてやっと、薬以外の治療開始みたいな感じになる。これはのちのち効いてくる。いや、最初から効いているんだけど、のちのち実感として効いてくる。のちのち全快して、仕事もフルパワーに戻った時に(これまたフルパワーに戻さず、仕事とはほどほどの距離感を作っていくことも大事なことなんだけど)、多少寝不足になっても普段しっかり寝ているとダメージに強い。寝ることとストレス耐性はがっちり結びついている。

    まさか朝散歩しろなんて言わない。

    まずは朝起きてカーテンを開けて、朝日を浴びる。それだけを目標にしよう。

  • うつで苦しんでいるあなたへ

    やまない雨はない。

    でも、うつという雨は長雨です。

    幸い、ほんの短期間でお薬をやめられる人もいます。

    でも、私も含めて苦しんでいる人をたくさん見てきました。

    でも、いつか幸せになって、好きなことができるようになってほしい。これは本当に切実な思い。

    あなたは治ったからそんなことが言えるんでしょ?

    そうかも知れないけど、今だってぎりぎりのところで戦っている。今だって綱渡りをしている気分になることがある。でも、11年でやっと薬をやめることができた。心なしか指関節のこわばりも和らいだような気がする。体重は劇的に減り始めた(もちろん、今までずっと食事の工夫はしてきたけど、薬の代謝を止める副作用のほうが勝っていた)。

    もう戻りたくないんだよ。指のこわばりがないなら、もっとギターだって弾きたい。もう若くないし、人生がそんなに長くないことを知っている年齢だから、やりたいことをやらずに死ねるか。

    本当はほかの病気の患者さんと対応に差をつけるのはよろしくないのかも知れないけど、うつ(やその他精神疾患)の患者さんにはなんとか時間を割きたいと思っている。それは医療者としてじゃないかも知れない。だって、笑って帰ってもらうことばかり考えているもん。もちろん、表情を見れば、今日はしんどそうだな、とか、お話しできそうかな、ってそれくらいわかる。YesかNoの質問すらしんどいのもわかる。でも、病院行くのすら迷ったけど、家を出てみてよかったと気持ちが開いている日もある。私にはわかるから、簡単なやり取りから、笑ってくれそうな話題探しまでいろいろやってみる。

    薬局だからって別れ際に「おだいじに」なんて言わない。「またおいで」。

    薬局の行きつけなんてない方がいいに決まってる。でも、ここは「またおいで」。処方箋なくても気が向いたらおいで。