きっかけは年齢が一番大きいと思う。
そして転職。
大学を卒業してから、常に変化と順応を繰り返してきたつもりだけど、いつまでもできていると思っちゃいけない。
人から見れば守りに見えるかも知れないけれど、人間そんなに若い時のまま動けるわけじゃない。頭も体も。
それに、ますます世の中は簡単に隠居させてはくれない。年金受給年齢まで働かなければならない。
となるとそんな年齢までフルパワーでいくのは自殺行為だ。冷静に考えれば。
若かりし頃、60、70まで現場仕事で体力仕事なんて到底無理だと思ったもの。だから、上を目指した。偉くなりたかったわけではないような気はするけど、頑張っていたら成れただけ。
ただ、早すぎた。
結論から言えば、年齢とか職位とか関係なく、何でもやります、何でも断らないスタンスから、上手に距離を置く仕事との関わり方も必要だと思うようになった。
大事なことは活躍することではなくなり、ストレスがないことだったり、自分ができることだったり、得意なことに比重がいく。あまりカッコいい生き様ではないけど、果たして必殺仕事人はどこを切ってもカッコよかっただろうか。
役人としてはいい加減で上司から目を付けられ、家に帰ればダメ夫。ただ一点、暗殺の腕前のみが一流で、その動機すら怨みを晴らすことであって、正義の味方でも何でもないと自称している。
ある意味、闇落ちかも知れないが、そこに立ち入る勇気も必要なわけで、やらないとやりたくないとできないがない交ぜになっていくけど、やらないの中には自分の中での線引きというか、線を引いてやらない領域を敢えて作るみたいなことが必要なんじゃないかな。
心境としては映画「許されざる者」が近い。結局、この映画の主人公は殺しの世界から引退したはずなのに、否応なしに引っ張り出され、眠らせたはずの悪しき技を呼び起こしてしまう。
できれば、ひっそりと静かに余生を送らせてくれまいか…そんな気持ちがわかるかい。
どうも頼まれると断れない質というのは最終的に自分に責任が向くことが多い。そのたびにもう偉くなんかなるか、と思う。それなりに成果は出せていて、客観的に評価されてもよさそうだが、それほど感謝されないのはやはりそれなりの成果だからか。それなら仕方ない。
もうそろそろできていたことを今でもできると思っちゃいけない。それよりできることを確実に…の方が精神衛生上も好ましい。
そろそろそういった距離感を見出せなきゃならない。
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