いつでも休める職場

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いつでも好きな時に休める環境は羨ましいと思うかも知れないけれど、これは休みたい人がある日に集中すると、残った人はどんな人時であろうとやらなくてはならないことを意味する。

休んだ人の分をどこからか補給されるのであればいいが。

最低限の運営人時を確保するという概念がなければ、さきほどの残った人だけでなんとかやるしかなくなる。

連休明けや休日にお客さんが集中する商売なら、営業が忙しいと当然予想される日に人時を投入するのがお客さん相手の仕事なら当然だろうけど、休みたい日に休めるとしたら、安定的な運営は難しくなる。

かといって、休んだ分の補填に腐心していてはそれも大変な労力だ。

もし、変更可能な休日希望なら一旦交渉なり調整があってもいい。

お客様は神様だとは言わないが、やはりお客様あっての売上だということを考えるとお客様対応する運営側の人時確保は必要最低限のことだろう。

確かに、まわりを気にせず、好きな日に好きなように休めるのは働く側にとっては好都合かもしれない。ライブのチケットでも海外旅行の飛行機のチケットでもとってしまえばいい。とは言ってもどうしても行きたいライブや旅行のチケットは取ってしまうしかないんだけど、経験上、それなりに社歴がないと取りづらかったりする…。と遠慮するのは今日無駄なことのようで、新入社員でもアイドルのライブに長期休むんだから、気にしちゃいけないのかも知れない。

ただ、さすがに全員が休むとどうにもならないから、早く言ったもん勝ちになる。まったく公平も平等もない。下手したら、後で予定が決まったばかりに冠婚葬祭よりアイドルが優先される事態になる。

ここまで言わなくても早いもん勝ち制度が無秩序な間違いであることは言うまでもない。秩序のある会社なら、優先順位はあって然りであろうし、早いか遅いかで休めるか休めないかが決まるという不平等を招くなら、100%欠員を埋める仕組みが必要だし、あるいは臨時休業も可としなくては遺恨も禍根も残すだろう。

ここまで言って思うのはこういった環境では決断力がないのだろうと思う。あるいは制度を構築する知恵がない。会社が小さいとそこまで経費が掛けられないということは十分起こり得るのに、”休む”という部分だけを(摩擦を避けたいためか安易に)check freeにしてしまって、対策がないのだから始末が悪い。

労働者としては休む権利も義務も両方あって両方主張したいし、それで支障がなければ何も文句はないのだけれど、ただし、”いつ”の部分は若干の幅があるから、会社としては最低限の運営人時が確保できないのであれば、調整に動くのは至極当然だと思う。

支障というのは現場が円滑に動くことだと思う。

お客さん相手の商売なら必要以上に待たせないことだろうし、日によってサービスの質が変わらないことだろうし、それが運営側の不手際で簡単に変動するとしたら、それはまったく好ましくない。

だから、必要人時、最低人時という概念がどうしても必要なんだ。

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