カテゴリー: 健康と医療

病気のこと、薬物治療のこと、健康のこと、人体のこと。

  • 医薬品の供給が悪化した背景(その1)

    もう5年以上にもなるか。

    一般の人が興味の湧くようなことを書こうと思えば、製薬メーカーがお上に届けた内容と異なる製法で製造していて、そういうことをやるジェネリックメーカーはやっぱりバッタもんを作るしか能のないメーカーでジェネリックメーカーを貶めれば収まりがいいかも知れない。

    ただ、それは上っ面の話であり、本質ではないし、結局解決しない話になりかねない。

    一応、軽く触れておくと、公定価である医薬品の値段(医薬品と言ってもここでは保険薬に限る)が製造コスト等々を考慮した値段設定ではなく、日本の財源ありきで決まることに問題があろう。確かにジェネリックなら研究コストは加味される必要はないし、保険の負担を減らすのが存在意義だから、安くないと意味はないのだけれど、一方、作っている側は資本主義経済の中で作って売っているのだから、最低限の原料コストを回収できないと商売として成り立たない。メーカーとてボランティアじゃない。

    それらが”企業努力”としてのコストカットがあらぬ方向へ進み、暴露された面はあるかも知れない。ここで、「メーカーの行った違法な行為は許しがたい」などと評論家じみたこと言ってもこのサイトでは意味がない。そこが本質ではないと思うから。まぁ、企業なんだから、コンプライアンスを指摘されるようなことは避けられなかったの?とは思うけど、力学として追い詰められた人がいる以上、追い詰めた人がいる。

    まさか、ジェネリックメーカーが感じなくてもいい圧力を感じて、いけない方向に走ったとでも言うのかね?

    追い詰めたのは国。関係省庁。立法府たる国会。政府。

    そして、一部国民。

    そもそもが保険の負担を薬価切り下げだけでやろうとすれば、無理が出る。無駄な処方をなくす、国民(患者)が無駄に医療機関に行くのをやめる、保険負担を本当に必要な治療のために振り分ける、もちろん若干の動きは保険制度の改変のたびになかったわけではないけど、かなり微弱で、これまで薬価一辺倒だった。

    つまり偏っているんだ。

    税金の無駄使いはなかなかテーブルに乗らないお題だし、議員ボーナスも国民の金銭感覚を考慮した議論にはなりにくい。

    それなのにメーカーへの負担やついでに言えば薬局への圧力はやりやすいようで。

    つまり大枠の話は国のお金の使い方のルーズさが原因。

    診療報酬/調剤報酬の点数をいじるだけでは根本的解決には程遠い。

    わかりやすい例を挙げる。

    がんは治る病気になった、とプロパガンダのように聞こえるんだけど、治療費は相変わらずべらぼうな金額がかかる。高額医療制度により援助を受けることは可能だけど、ありとあらゆる公的支援を受けても途中で断念する患者さんはいる。

    一方、肝斑といって、お肌のシミに対して保険が利き、大量のビタミンCを仕入れ業者のように持っていく。

    もちろん両者の金額差は比べるべくもないし、肝斑を有償化しても大した金額ではないかも知れない。

    ただ、こんな単純な比較検討がなされないと、本当に必要なところにお金が回らない。

    最近は総合病院への受診は紹介状がないと受診できない、あるいは初診料を多めに取られるなどの動きは進んでいるけれど、いまだに持病もない、ただの風邪のために大学病院でなきゃなりませんという人には閉口する。なぜか共通して大学病院にかかることを誇る。

    これと同系統の患者さんに偉い先生にかかっていると誇るパターン。前の院長先生の時から診てもらっているからここでなきゃならない(院長先生はとっくに引退なさっている)、〇〇教授にしか診てもらわないことにしている(重病でもなければ、研究対象になりそうな難病でもない)、など。

    商売をやるとき、一番の着眼点は客数。客数の確保が何よりも大事だけれど、保険の負担を減らすという観点ならやっぱり客数だろう。つまり患者数の絶対数を減らすのが一番効果が出るはず。それなのに商品の値段を上げ下げしているようでは減るものも減らず、利益の出ない商品を作る作り手などいなくなる。

  • A Night at The Opera

    年齢のせいか、名曲を聴いて「えぐっ」となることが増えた。こみ上げてくる。

    Tears In Heavenの「I must be strong」の部分をその一例に挙げた。

    さて、言わずと知れたQueenの名盤『オペラ座の夜』の同名曲。これも共感していただける人がいるものかはまったくわからないけれど、「Mama,Life had just begun」のところで同じ現象が起きる。

    10代の頃、Freddie Mercuryの名前もQueenの名前ももちろん知っていたけど、まだちゃんと出会ってはいなかった。Queenよりも先に動く映像を見たのはFreddieだった。1991年、彼の死の直前の自身がAIDSに侵されていることを発表する記者会見のようなニュース番組の映像だった。

    当時、AIDS自体が治療法も確立されていない、だから彼はその記者会見の直後に亡くなっているんだけれど、同性愛が根拠もなく、AIDSの原因かのように囁かれ(非難され?)、いわれのない差別受けていた時代でもあり、10代の自分には衝撃以外の何者でもなかった。いや、10代では同性愛がいかなるものかもわからなかったし、未知の疾患に複雑な思いを抱きながらも考えさせられたのは間違いなかった。尚且つ、スーパースターと言われる人物がテレビに出た直後に亡くなったと知れば衝撃以上の表現が見当たらない。

    10代の自分といえば、医療を志す受験生であり、ロックをこよなく愛するギター少年でしかなかったんだから。

    ここで糺しておくけれど、AIDSの感染は一部の体液感染であるのみ、ということが重要で、唾液や汗、涙、尿で感染することはほとんどなく、感染力でいえばそれほど強力ではないし、ある一定以上のウイルス量がないと感染しないのは他の感染症と大差ない。同性愛であることはまったく理由にも原因にもならないということ。

    ただ、肛門性交が出血しやすいことから、血液・精液間で感染する可能性が高まりやすいということはあるかも知れず、これは相手が同性異性に関係ないことで、更に不特定多数の人間と関係を持つ習慣があればやはり感染のリスクは増える。これは原則論、一般論として。

    Freddieがどういった性的志向であったかは一応公にはなっていないことになってはいるけど、どうだっていい。彼が誰か大事な人を愛してそうなって、それを受け入れて、亡くなった。

    そして、彼とQueenが作った音楽は今でもぐらぐら心を動かす、それだけで十分なんだ。

    じゃないと「ママ、人生始まったばかりなのに」なんてつらすぎる。彼が生きていれば…と何億の人間が想像しただろうし、可能なら、今だって生き返ってほしいと思う。

    享年45。

    彼の年齢も超えてしまった。

    1991年といえば私は大学受験の歳。その後、ひとり予備校の寮で浪人生活を送りながら、この1年はJohnny WinterとQueenを一番聴きましたっけね。

    そんな時分を振り返るとまたね、いろいろこみ上げてくる…。

  • 仕事との距離の置き方(その3)絵画

    絵はずっと描きたい衝動はあったんだ。

    でも、描きたいものが思い浮かばないし、まじめにデッサンという気分でもない。そもそも高校の美術の授業以来ちゃんと習ったこともない。もっと描きたいものを描きたいというシンプルな衝動でいたかった。だから、折に触れてスケッチブックは買ってみるけど続かなかった。

    ある時をきっかけに変わった。

    ひとつは万年筆。

    もうひとつはテレビを見なくなったこと。

    たぶん、この2点で説明し切れると思う。

    万年筆を使い始めたきっかけ自体はよく覚えていないけれど、大人の筆記用具を持ってみたかったんだと思う。少しいいものも買ってみたけど、結局絵に適していたのは一番安いKAWECOの万年筆だった。その中でも持ちやすさでパケオというシリーズで、恐らくブランドの中で一番安いモデルではなかろうか。

    これがよかった。万年筆で線を引く感覚が気持ちいいのだ。これは確実にうつに奏功したに違いない。

    そうはいっても素人のお絵描きには違いないので、道具にお金をかけるのもなぁと控え気味だった。でも、そのうち色鉛筆に手を出した。最終的にはホルベインがよかったような記憶がある。色鉛筆で満足しようとその時は思っていたのに、絵の具に手を出した。でも、知識がないので、高校の美術の時間に多少使ったことのある、アクリル絵の具を手に入れた。やはりホルベインだった…といっても日本海側の田舎都市で絵の具を買えるところなんてそうはないんだよ。ホルベインは某ホームセンターにもフルラインナップで置いているし、オンラインでも購入可能。

    そもそもアクリル絵の具には2種類あって、ポスターカラーのようにベタ塗りしかできないタイプと重ね塗りして映えるタイプと2種類あった。当然後者。

    ただ、技術的な話にはなるけれど、絵の具は混ぜれば混ぜるほど濁る。なるべく少ない種類でイメージする色に近付けないときれいな色にはならない。

    そもそも絵が描けるようになった、つまり描きたい絵がイメージできるようになったのはテレビを見なくなったことだ。これは間違いないと思う。

    当時、自分の部屋は2階にあったけど、わんこが年齢とともに階段の上り下りができなくなった。それなら自分は1階に居を移せばいい。ただ、残念ながら1階にはBSがつながっていなかった。その頃すでにテレビといっても大河ドラマくらいしか見ていなかったんだ。がちゃがちゃしたバラエティーだのどこかの企業のマーケティングを反映させた情報番組なんて、脳みそのゴミにしかならなかったし、そもそもうつの脳には受け付けなかったんだろう。

    そんな経緯から脳みその中のゴミが徐々に排除されたんだと思う。

    3年半で300枚描いた。

    狂気の沙汰…ではなく、頭に描かれたものを写しているだけのことだった。

    当然、脳内でのイメージ化の方は早く、手で描く方はそれより劣る。そこは若干の根気が必要だった。描く方の技術は誰かに教わったわけではないから、下書きだけで終わっている作品もあった。でも、いつか続きは描くと思う。

    この1年は転職もあって、だいぶ描くペースは落ちてしまったけど、描くというベースはできているからいつでもまた描き始められる。絵の具は使わないでいるとだんだん固まっていくからそれだけは気になってはいるけれど。

  • 10年後の姿

    アメリカのドラッグストア業界を視察しに行ったとき、この業界だけじゃないけど、「今のアメリカの姿は10年後の日本の姿」とよく言われた。

    日本のドラッグストアがこぞってお手本のように名前を挙げたウォルグリーンの薬剤師は年俸1000万円で、物価を加味すると2000万円相当の仕事をしていて、お店では薬剤師が予防接種をする…。それだけの知識と権威がある…と。

    だから、日本も10年後は…そうなると言われていたけど、そうはならなかった。日本の薬剤師とドラッグストアにはそれだけの力量がなかった。

    理由はいくらでも思い当たるけれど、他責にしても仕方ないので、やはり自分たちの力不足だったんだろうと思う。ついでに言うなら、ドラッグストア経営者の理念のなさがあったんじゃないか?

    コロナの頃、ドラッグストアは予防接種の場にはならなかったし、製薬メーカーには予防接種も治療薬も製剤化できるネタが何もなく、「うちがやります」と名乗りを上げたメーカーもその時点では何か手立てがあるようにも見えず、株価は冷え切ったままだったっけ。でも全国の国立大学が自前のストック(研究の蓄積)を披露し始めて、頼もしかったねぇ。

    ここにこの業界の闇を感じたひとは少なからずいたはず。

    国立大学の研究者は苦しかろうが、自分の信じた研究を続けていらっしゃる。でも、メーカーはもうからないものにお金は出さない。国も出さない。でも、昨日今日国が支援をし始めても商品にはなるのはいつのことかまったく先が見えない。

    仮に今日から製薬化学分野に国が支援を始めても日の目を見るのは早くて10年。国立大学が秘かに積み上げてきた実績を買い取るのが早道か…。

    いずれにせよ、死に体の医薬品工業を再興するのは時間とお金がかかることだろう。

  • うつと自然音、胡弓、二胡、古琴、琉球音楽

    うつのときにストレスを和らげる、解消する手立てとして何かいい音楽はないかと考えていました。

    発症直後のあまり状態がよくない時は「何も聴きたくない」が正直なところですし、家族が発する生活音ですらしんどさを感じますが。少し持ち直してくると気を紛らせたい気持ちも出てきます。

    そんな中でも自然音、胡弓、二胡、古琴、琉球音楽(三線など)の音はありじゃないかと。自然音は説明すると雨音や川のせせらぎの音、小鳥のさえずりなどです(レンタルCDやiTunesで入手しました)。不思議なのは自然音くくりなのに、海の波のさざ波はダメでした。しんどくてすぐやめました。雨音は比較的複数の方からも賛同を得ました。と言っても身近な数人ですけど💦水の音は総じて良いようですが、私は波の音はダメでした。民族楽器でも金属弦の二胡はキンキンしてダメなんじゃないかと予想していたのですが、そんなことなかったですね。割と心地よい。たまたまiTunesで見つけた川崎元司朗さんの『琉球島唄』はよかったですね。三線の音はもちろん、この方の歌声が柔らかくて。独奏なので騒がしくなくていい。琉球民謡でもお祭りなんかで合奏するにぎやかな奴はちょっと合いません。

    うつって、ある程度ストレス耐性が上がってこないと音楽を聴こうとか気持ちを紛らわそうという段階にすら入れない。だから、最初はいくらか薬で底上げする必要はあると思いますけど。

    ちなみに私はヘビメタでも大丈夫でした。全部が全部よかったとは言いませんけど。重い気分の時に楽しい音楽はダメです。上向かない時に無理矢理上向きの音楽はダメ。そもそもヘビメタはネガティブを体現した音楽ですから。そういう意味ではブルースとか中島みゆきも正解なのかも知れませんが、あまりしっくりいかなかった記憶があります。

    なので、何か共通の法則があるのかわからないのですが、気持ちを落ち着かせたり、ストレスを軽くしたり、そういう効果のある音があるのは確かだと思います。

  • うつと認知行動療法

    簡単に言うと自分自身の思考パターンを見つめ直す手順が書かれています。パターンもだけれど、今日は、今週は、ストレスを感じている、イライラしている、不安が強くなっている、そんな今の状況も追っかけます。

    実はその自己分析あたりで抜けるきっかけみたいのに突き当たって、そのまま(と言っても1年かけてですが)薬をやめました。もちろん、そのときそのときの主治医と相談しながらね。

    だから、最後まで認知行動療法を実行したわけではなくて、きっかけをつかんだだけとも言えます。

    少なくとも不思議なことに「今週はイライラしてるんだな、〇〇があったからだな」とそこから、ぐるぐる回る思考をとめるきっかけになったんじゃないかな。

    ストレスになる出来事をいつまでも頭の中で巡らせて、反芻して、疲れていくパターン。

    少し脱線しますが、社会(会社)って、そのストレスを一生懸命思い出させる仕組みのようなところがありますね。忘れたいのに忘れさせてくれない。

    ストレスや怒り、不安を数値化してグラフにする。何週間も落ち着いていたのに、悪化したの●●だなって、気付きやすくなるから、●●を避ければいい。完全に避けられなくても距離を気を付けてみることはできるかも。

    それは家族も同様。家族との距離は難しいよねぇって言うんですけど、だからこそ重荷になってる。

    別に縁を切れと言っているわけじゃないでしょ?

    原因のひとつだって分析したなら、距離を今よりとることでストレスはストレートに減るって意味。すべてを避けることもない。家族Aとの▲▲関係の話がイヤだって感じるなら、ピンポイントで避ければいい。避けられないような内容ならせめて短時間で切り上げる。「ごめん、むり」を発動。2番目のストレス源を避ける。具体的に理解できるから避けるポイントがわかる。

    私の場合、そこまでで十分でした。この書籍はあくまでも一般の患者さんでも使いこなせるもので、医療者の介入はなくてもいけます。もちろん医師がコンサルするケースもあるみたいですが。

    私の場合、長年のうつ歴の間に家族だろうが、パツっと切るすべを身に着けることができていました。因果なものでうつのおかげです。

    そこまで気を遣うことやあらんやと。

    でも、家族だからこそ言えないこととか気を遣うことがありますよね。かえってそれが募りやすい。

    それを発見して明確にすること。

    この先は私も未体験なのですが、新しい思考パターンを身に着けていくことになるみたい。

    私の場合は思考を捨てることとストレス源から離れることが大事だったので、特になりふり構わずでもないのですが、後者を実行したことが…もちろんリスクはありましたし、今も無縁ではいられませんけど、大きな前進には違いありませんでした。

    意外にも原因を明確にすること自体にストレスはなくて、それとは関係なく、回避できなければストレスを感じ、回避できればストレスが減って精神が安定するということ。

    だから、明確にしたことが何より大きかったわけです。

    また、機会があれば、認知行動療法の未経験部分についても研究してお伝えできれば。

  • カウンセリング命

    寄り添うこと。

    反論しないこと。

    相手の気持ちや心をひとつでも拾おうとする姿勢でいること。

    それはつまり、テレパシーでもない限りわかるはずないと切り捨てるのではなく、かといってわかった気になれというのでもなく、わかろうとする姿勢の話だ。

    そして、悪用せぬこと。

    宗教の勧誘、〇〇経営の営業、ネットにあふれるマル秘ノウハウと儲け話の勧誘、自己啓発系のセミナー…みんな手口は一緒。

  • うつと歩くこと

    歩くとセロトニンの分泌が活発になる。セロトニンが出ると心が安定する。

    でも、歩いたからといって実感するほど精神面に変化を与えるわけではないような気はする…。それよりも日中外に出る、とか、お店のスタッフでもいいから何かしらの接点を持つ、とか、なんかそういう利点が大きいような気がする。

    もちろん、そういった活動が億劫だと思うんだけど、あまり負荷にならないようにでも、少しだけ活動を増やすことがより安定につながるのは確かだと思う。

  • うつと体重

    抗うつ薬をやめたのが5月の中頃でしたか、それ以降の体重低下は明らか。

    別件で減量の指示が出ています(笑)ので、目論見通りなのですが、薬をやめるだけでここまで変わるとは…。

    食事の工夫は当然ながらずーっとやってきました。ある程度までは下がるのですが、下がり幅は決して大きくなかったんですよね。ちょっと外食が増えると体重も増える。

    そもそも抗うつ薬の多くに代謝の低下があります。添付文書にも機序不明の代謝低下と書いてあったかと。とにかく代謝が落ちる。プラス食欲というか、食べる量がコントロールしづらい。無限に食べられる。

    おなかが減るというより、食べ始めるとずーっと食べられてしまう。多めに作ってしまうと全部食べられてしまうから、最初から作る量を抑えなくちゃいけない。それでもやっぱり薬をやめる前後を比べると代謝機能は格段に違う。

    歳をとると代謝が落ちて、相対的に時間の流れを早く感じるようになる説を信じているのですが、まさに薬をやめて代謝が向上すると時間の流れが遅く感じています。自分の回転数が劇的にあがって。

    もちろん、短絡的にやめれば痩せられるという発想はダメですよ。私の場合、いろいろありまして、肝硬変初期の脂肪肝があって、差し迫って減量の必要があったこと、実は以前から肝機能の数値が高値であったこと(この頃は自宅で酒を飲む習慣もなく、仕事関係で飲むくらい、ただ飲むときはかわいい量ではなかったですが)、抗うつ薬の副作用と思われる副作用がずっとあったことなどがあったので、あるとき精神科の医師に相談したら、現状は薬に頼っている状態には全然見えないから、やめちゃっていいよ、と。それが1年くらい前の話で、それでもそんな会話があってからすぐやめたわけではなく、当の本人が慎重で1年くらいかけて退薬したわけですね。

    ですから、痩せたいからやめるような話ではなくて、やめるにも段取りがあって、やめていいか減らしていいかの判断もやはり専門的視点が必要。

    ただ、批判的な言い方をすれば、精神科医が数値的根拠を持って判断しているわけではない(だろう)こと。少なくとも検査などはせず。さすがに一か八かとは言わないけれど、若干「えいやー!」の部分はある。

  • デパス(エチゾラム)

    こいつは飲んだあとの反動がヤバい

    うつの治療期にそれでも気分が上がらなかったり、ストレスを感じたり…ストレスに縛られたりしたら飲むために処方されていたんだけど、今でも抗うつ薬が抜けてからも念の為に処方されているもので、とにかく0.5mg一発でもなんというか反動を感じる。

    結局、ドーピングしてんだな。無理矢理借金して活動力を増強してる。だから、あとから削られてる感じが出てくる。

    わかっていることだから、この11年間控えてきて、前の担当医からもこれで治るわけじゃないからと言われ、ほとんど飲んでこなかったんだけど、抗うつ薬が抜けた今…ちょっと仕事でうまくいかなくて…かと言って、抗うつ薬に戻りたくはないから今こそと思って。明日からは環境が変わるから今だけだと思ってね。