カテゴリー: 健康と医療

病気のこと、薬物治療のこと、健康のこと、人体のこと。

  • うつと朝日

    うつになると朝が起きられない。厳密にいうと起きたくないとかまだ眠いとか、そういう甘えからくる状態ではなく、動けないとか発動しない的なところから始まる。

    目が覚めた時点でバッテリーが赤い。動こうものなら電源が落ちる。

    この状態だと朝日を浴びることすらままならないのだけれど、どうしても朝日を浴びねばならない。

    つくづく、うつって、吸血鬼みたいなものだなって思ってました。

    それはいいとして、朝日を浴びねばならない。朝日を浴びるとセロトニンとメラトニンが分泌される。

    セロトニン:心が安定する。エンジンでいえばアイドリング。アイドリングがないとアクセル(この場合はアドレナリン)を踏んだ時にエンジンが回らなかったり、ノッキングしてエンジンが止まる(マニュアルの車に乗ったことがない世代には伝わりにくい喩え)。

    メラトニン:朝起きて夜寝る、というサイクルを作る。

    寝ることがうつの治療の核だから、このメラトニンの分泌は最重要、そしてメラトニン分泌を促進するのがお日様ならお日様を浴びるのも最重要となる。

    で、起きられないという話に戻るんだけど、そこはなんとかお薬の力を借りて、最初は無理でも徐々に睡眠時間を稼いで、バッテリーも低空飛行ながら溜めていって、あまり遅くない時間に起きられるようになる。夜は夕食が終わったらすぐ寝るくらいの気持ちで生活スタイルを固める(まぁ、食べてすぐ寝れば、太るし、抗うつ薬のせいでも太るので悩ましいところだけれど)。

    20時半とか21時にはふとんに入っていました、わたしは。

    朝起きて夜寝る、朝日を浴びる、これらはセットなので、このスタイルを固めてやっと、薬以外の治療開始みたいな感じになる。これはのちのち効いてくる。いや、最初から効いているんだけど、のちのち実感として効いてくる。のちのち全快して、仕事もフルパワーに戻った時に(これまたフルパワーに戻さず、仕事とはほどほどの距離感を作っていくことも大事なことなんだけど)、多少寝不足になっても普段しっかり寝ているとダメージに強い。寝ることとストレス耐性はがっちり結びついている。

    まさか朝散歩しろなんて言わない。

    まずは朝起きてカーテンを開けて、朝日を浴びる。それだけを目標にしよう。

  • 副鼻腔炎再発後治療開始後3日目

    鼻水が気になる。

    2日目は…若干通りはよくない感じはあったけど、鼻水は特に気にならなかった。乾いてる感じかな。でも、鼻腔が狭くなっているのか、すっきりすーすーする感じではなく。

    多少一進一退的な感じもあるかも知れないね。

    そういえば、久しぶりに下痢。久しぶりというのはうつの時は常時下痢だったから。今回は抗生物質ですね。腸内細菌がやられた模様。

  • うつで苦しんでいるあなたへ

    やまない雨はない。

    でも、うつという雨は長雨です。

    幸い、ほんの短期間でお薬をやめられる人もいます。

    でも、私も含めて苦しんでいる人をたくさん見てきました。

    でも、いつか幸せになって、好きなことができるようになってほしい。これは本当に切実な思い。

    あなたは治ったからそんなことが言えるんでしょ?

    そうかも知れないけど、今だってぎりぎりのところで戦っている。今だって綱渡りをしている気分になることがある。でも、11年でやっと薬をやめることができた。心なしか指関節のこわばりも和らいだような気がする。体重は劇的に減り始めた(もちろん、今までずっと食事の工夫はしてきたけど、薬の代謝を止める副作用のほうが勝っていた)。

    もう戻りたくないんだよ。指のこわばりがないなら、もっとギターだって弾きたい。もう若くないし、人生がそんなに長くないことを知っている年齢だから、やりたいことをやらずに死ねるか。

    本当はほかの病気の患者さんと対応に差をつけるのはよろしくないのかも知れないけど、うつ(やその他精神疾患)の患者さんにはなんとか時間を割きたいと思っている。それは医療者としてじゃないかも知れない。だって、笑って帰ってもらうことばかり考えているもん。もちろん、表情を見れば、今日はしんどそうだな、とか、お話しできそうかな、ってそれくらいわかる。YesかNoの質問すらしんどいのもわかる。でも、病院行くのすら迷ったけど、家を出てみてよかったと気持ちが開いている日もある。私にはわかるから、簡単なやり取りから、笑ってくれそうな話題探しまでいろいろやってみる。

    薬局だからって別れ際に「おだいじに」なんて言わない。「またおいで」。

    薬局の行きつけなんてない方がいいに決まってる。でも、ここは「またおいで」。処方箋なくても気が向いたらおいで。

  • うつという病気

    まず、この病気について、いろいろとひっくり返しておきたい。

    やる気が出ない、意欲が出ない、めそめそする、暗いところが好き…という面があるかも知れないけれど、そこは核心ではないと私は思っています。

    私の場合は…になりますが、一番は注意力が注意しても効き目がなかったこと。だから、不注意とは違うと言いたい。それとは別に不注意もある。

    一生懸命説明や文字を読んでも間違って読んでいる。結果、間違って理解している。これは注意しているけど、間違うという前者。後者は例えば、公園のベンチに座っていて、普通なら通りかかる人にぶつからないよう左右を見たり…まぁわざわざ見なくても視界に入っていたりしてぶつからないように自動的にやっているんだけど、それができない。左右の通行人のことなんて頭になく、パッと立ち上がってしまう。まぁ、ひとくくりに注意力散漫と言って頂いてもいいんだけど、とにかくセルフコントロールできないひとつだった。

    さっき、文字を読んでも…と言ったけど、まず文字が目に入ることがストレスを感じる。しんどい。うつになって、休職してゆっくり本でも読むか…と思っていたけど、まったく受け付けない。

    あと感覚的なものが一番困る。ある日突然発症するものだから、実は肉体的には元気。鍛えている人なら筋肉は昨日も今日もあるし、肺活量も昨日と今日では変わらない。なのに、発症初期は特にほんのわずかな距離を歩いても心臓とか気管支じゃなくて、神経がぜいぜいする。これがまた適切な言葉が見当たらなくて、難儀する。”しんどい”が一番近いか…。でも、体じゃないんだ。

    どっかに白い蛍光灯だとストレスを感じると書いたと思うけど、そのしんどい感じは共通だね。

    どうやら、ストレス耐性が下がった状態、というのがうつの本質のような気がする。簡単な負荷に負ける。

    大学の時、様々な地方から集まってくるんだけど、関西系の奴らは日常的に「あほかっ、はげ」をあいさつのように連発するから(ハゲかどうかは問題ではない)、少々育ちのいいお嬢様は面食らって涙ぐんでしまうのだよ。一種のストレス耐性の低い状態。

    もちろん、うつのほうはもっと切実で言葉の刃の前に蛍光灯ですらダメージを受けてしまう。ダメージをもっと具体的に言うと神経が削られて、もともとわずかな残業しかないバッテリーの電気がごっそり持っていかれる。

    電池とかバッテリーって、ゼロになる前に充電すれば、元に戻りやすいけど、ゼロまでいってしまうとバッテリーそのものが傷んで寿命を削るし、フル充電になりにくくなる。iPhoneのバッテリーが傷んでくると、フル充電の状態で96%とかになっているでしょ?あれ。

    うつはその充電が溜まりにくい。溜まる前に放出するスピードのほうがバカ早い。

    その充電をする方法は睡眠しかない。医学的にはアドレナリンやセロトニンの神経を修復するのは寝ている時だけ、といえばいいだろうか。起きている間はストレスを受け続けるので、せっかく修復しかけた神経もそのストレスでまた壊れる。その繰り返し。修復とダメージの一進一退。

    ちょっと脱線してみるけど、病院に行って、原因がよくわからない時、たいてい先生(医師)から「ストレスが原因」または「年のせい」と言われる。さすがにその説明で納得する患者さんは見たことがなく、都合のいい言葉と理解されているんだろう。

    だけど、このストレスは間違いなく存在していて、幽霊みたいに実態はあるのかないのかわからないけれど、確実に人体を破壊しているのだから、存在していると言っていい。すべてがすべてではないだろうけど、ストレスによって体内でステロイドが増えて、妊娠しにくくなる、と何かで読んだことがあるから、実態のあるものなのは確かだと思う。

    だいぶ話は戻るけれど、注意力とアドレナリンは関係があるから、特別変な話ではない。でも、もしそこに注目されていないとしたら、うつを正しく理解することにはならないし、元気がないくらいの理解で”市民権を得た”ような話になってしまっているから、それ以上の理解が進まない。単に国民病と言えるくらいうつ人口が増えたというだけの意味で市民権と言ったのか?

    この注意力についはもしかすると私特有、あるいは少数派の症状だったら申し訳ないんだけど、これって社会復帰、つまり仕事に戻るときに大きなハードルになると思うんですよね。私のように医療関係だと尚更かも知れませんが、そうでなくても不注意、ミスが多いと困ることが多いんじゃないかな。

    じゃ、私はどうやって乗り切ったかというと、仕事に関して言えば、比較的自転車みたいな感じだったんですよね。もともとが間違えないための思考回路とか作業手順を、子供の頃に乗れるようになった自転車のように、ミスをしにくい仕組みが生きていた。もちろん、薬に頼り、無茶苦茶早く寝るようにして、毎日生活習慣に気を配って…。

    またちょっと脱線してみますけど、恐らく薬の副作用で手の指関節がこわばるようになったんですよね。食器なんかもちょっとした拍子に落としちゃうもんだから、ほぼプラスティックに買い換えましたよ。

    でもね、ギターは弾けるんですよね。鍛えられた部分は残っている。もっとも弾く気力がなかなか出ないのも確かでしたが、あの関節のこわばりなら弾けるはずがないと思うんですけど、握れば弾ける。

    まぁ、そんなわけで、うつについて、専門的じゃない、でも本質なんじゃないかなと思うことを書いてみました。

  • 副鼻腔炎とマクロライド少量長期投与療法

    いわゆる蓄膿症の定番治療方法の話。

    マクロライドという系統の抗生物質を一定期間継続服用する治療方法。たいていはクラリスロマイシン(CAM)を使うのが一般的…というか、これ以外はもともとが流通量が少なくて、今日日、出荷調整が日常の昨今、処方されても在庫があるやらどうなん?

    クラリスロマイシンは抗生物質ではあるんだけど、バイ菌をやっつけるというより、炎症を抑える目的みたい。

    かくいう私も昨年2025年10月ごろに発症して、一旦軽快したと思ったら、すぐに再発💦 なかなか受診できないまま半年以上が経ち、6月に入る頃には鼻詰まりもひどく、左の鼻腔は完全封鎖。何よりも頭痛がひどくて、体力消耗、意識朦朧のレベル。これではアカンとやっとの思いで受診。

    前回も今回も処方内容は同じ。抗生剤もクラリスロマイシンからではなく、急性期はセフカペンピボキシルという言ってみればちょっと強めの抗生物質を一旦かまして、ひどい状態を脱してからのクラリスロマイシン。前回も今回も。というかこの流れも含めて定番の治療プロトコール。

    当然と言えば当然だけど、私のように頭痛が出たり、のどが痛くなったりというのは普通なので、たいていは痛み止めも一緒に処方されます。頭痛自体は1〜2日で解消。私はのどの痛みはなかったのですが、頭痛ものどの痛みもロキソニンで十分効くレベルの痛み。鼻も2日目には若干通りが悪い感じはありますが、それまでの完全封鎖状態からみれば断然快適。もちろん、両鼻腔封鎖ではなく、肩鼻が完全封鎖状態ではありましたが。

    ただ、不思議なのは、1週間くらいの抗生物質を飲んだら、そのままおしまい、というケースもあれば、「もうなんともないんだけどなぁ」と患者さんは言うのに毎週受診するように言われて、しかも抗生剤が出たり出なかったり、モンテルカストと言ってアレルギーのお薬だけ出たり…。商売柄きちんと処方意図を確認したり不明なら処方元に確認することもあるんだけど、今ひとつ、患者さんの話と処方内容がかみ合わないことがあるような気がする。じゃ、確認すればいいんじゃないの?と思うでしょ?それが処方をパッとやめちゃうドクターもいれば、ずーっと何かしら飲ませるドクターがいるのも確かなのね。処方も大外れみたいなものじゃないから、出ている処方を飲ませてはいけない理由も思い当たらない、そんな状況になる。患者さん本人も何で処方が出ているのかよくわからないけど、「飲んでいると調子いいかも」ともう思い込みとかそういう世界に入っていたりして、お互いにこのままでいきましょうかとなる。

    副鼻腔炎の場合、あんまりすっきり治りました、みたいな患者さんに出会うことが少ないような気がして(もちろん、すっきり治ったら薬局には来ないんだが)、副鼻腔炎だけにずるずると慢性化するイメージが強い。一方、専門書などを見ると抗生物質を3~4週間続ける、みたいなことを書いてたりして、そこまで長期間抗生物質を処方する場面にもあまり出会わない。せいぜい断続的。日本は世界的にも抗生剤を使いすぎて耐性菌の発生率の高い国らしいから、何か制限がかかっているのかも知れないけど。ダラダラ使うのもかえって耐性菌のもとになるような気がするけど、ドクターも考え(エヴィデンス)があってやっているんだと思うし。

    何かの機会に調べてみよう。

  • うつと蛍光灯

    暖色系にすべし。

    白い蛍光灯だとしんどいはず。ダメージを感じる。

    これが暖色系に替えるだけで、ストレスがだいぶ軽減される。

    まぁ、替える元気があるときに替えてね。

    うつの定番として電気をつけたくないから部屋の電気を昼も夜も真っ暗にしておくとストレスを感じないで済むという面はあるんだけど、単純に見えないから活動量が減るし、増えない。

    無理することはないんだけど、ある程度の活動量があることで枯渇したアドレナリンやセロトニンがわずかであっても分泌して作用しやすくなる。

    何もしなくたってしんどいから、真っ暗にして何もしない方がしんどくはないんだけど、少しずつでも活動していかないとアドレナリンもセロトニンも出ないままになる。分泌があると反応側の受容体が増えて、反応するようになる。アドレナリン、セロトニンの受け皿が増え、元気が出てくる。このサイクルが回転して、わずかでも上昇しながらそのサイクルがまわっていくと、それがつまり改善、ということになる。

    なので、明るすぎるとストレスだし、暗いと何もできないから、折衷案として、暖色系の蛍光灯。可能なら明るさが調節できるタイプと尚いい。うつじゃなくても不眠の人もこれをやると入眠しやすくなる。白い蛍光灯は刺激になっている。うつの要因のひとつに不眠による脳みそが休まっていない状態が続いていることがある。裏を返せば、睡眠こそ最大の治療。薬に頼る方法もある時点では悪くないけど、脳みそや体が眠ろうとする仕掛けを作ることはとても大事。

  • うつと「ごめん、むり」

    このサイトの大きなテーマのひとつと思っているんだけれど、なかなかどこから書き始めたらいいか少々悩む。よって、以前手書きで書き留めた、うつの人に役立ちそうな薬以外の症状緩和術をまずはUPしていこうかな、と。

    人間にはできることできないことがある。そりゃそうだ。でも、うつになるということは、おそらくその過程で、頑張ればできるけど相当な努力とか時間をかけないとできないことを「わかりました、やります」と請け負ってきたのではないか。

    頑張ればできる、がくせ者。

    で、頑張ってきた。でも、途中から頑張れているのか、限界を超えて”疲れた”とか”もう無理”っていう自覚症状が壊れてしまっているのかすらわからなくなって、実は神経が壊れてしまっている。それがうつになる直前とか直後の状態なんじゃないかと思う。

    ちょっと脱線するけど、うつがアドレナリンやセロトニンの分泌低下、枯渇やアドレナリンレセプターやセロトニンレセプターのダウンレギュレーション(減少や反応低下)を病態とする疾患なら、なぜそれらを定量化する検査方法が出てこないんだろう。大学の研究室レベルなら日常茶飯事だから、技術的な問題ではない。

    話を戻す。そんな無理が背景にあるのは誰も疑わないだろうから、自動的に心が弱いからじゃない。一応、これは言っておきたい。もし、弱さがあるとしたら、無理なことを断れないことかも知れないが、それを言い出したら、押し付けている側の罪を十分問うてからにして頂きたい。

    だから、まずは「ごめん、むり」と言えるようになる。つまり断れるようになるようになる。特にうつを発症した後はそれまでできたこともしんどいことが増える。なんなら”できます”も”できません”も言えないくらい神経が疲弊しているはず。

    「ごめん、むり」と言えるようになることがスタートだと思います。今はいい薬が増えました。発症しても比較的早期に一番底の状態を脱出できます(多少の賛否両論や個人差はちょっとここではいったん忘れて下さい)。お薬の力で少しでも浮上した時に「今の自分にはできないことがあります」と宣言してしまうことで、治療も進みやすくなり、のちのち本格的に社会復帰したしたときも無理しすぎず、気軽に「無理かなぁ」と言える自分作りをしておくことになります。

    このカテゴリーはそもそも文字を読むこともストレスな方が読む可能性も考えてなるべく短くします。あと、太字とかそこだけ読めばなんとなく大意は伝わるように工夫していきたいと思っています。

    もちろん、これひとつで解決するほど簡単じゃないです。でも、重いものが少し軽くなるテクニックのひとつだと思って。

  • 薬局の時間外労働対策

    まずはサービス残業対策。
    次に退勤間際の時間帯の段取り。
    本丸は朝から帰るまでの作業(頭脳労働ではなく、ルーティンというか、定型業務)の手順、オペレーション改革。

    これはどんか業種業態にも当てはまる。

    まず、サービス残業対策。
    これをやらないと(今まで勤怠などで把握できていた)残業時間は減るけれど、把握できないものにすり替わる可能性があって、当然法にも触れるし、働いている人たちのモチベーションも体力も損なわれる。1ミリもいいことはない。まずは残業がサービス残業化しないよう予防策を講じておく。

    見えていた残業が管理されないサービス残業化するのは、「残業=悪」という標語が「残業禁止」→「残業すると会社に把握される」→「隠れてやればいい(勤怠を通さない)」or「残業代を払いたくないなら自分の時間でやるわ」に歪んで変換された結果ではなかろうか。勤怠に記録が残らなければいいんだろ?という発想になり、誰かがトラブって退職するときにお上に通報されて明るみに出るパターン。

    そもそもは善意からやっていることが多いのではないか。朝早く出勤して◯◯をやるんだから、そもそもは悪意じゃない。なのに、れっきとした業務であるのに違法だのサービス残業だのと言い渡される。れっきとした業務なんだから、その時点で違法だのなんだのって間違っているんだけど、その朝早く来てやっている業務を勤務として認める、充てる。それだけでいい。朝が無理なら他の比較的手すきの時間に変更する。とにかく勤務時間の枠の中に充てる。人智を尽くしてもどうにもこうにも勤務時間内に当てはまらないなら、それって全体の人時(人手)不足。増員案件。まぁ、増員となると費用対効果も考えなきゃいけないから、単純に採用しましょうとはならないかも知れないけど、そうなると本当にやらないといけない仕事?という議論もまじめにせねばならない。やらなくていい仕事なら言いにくくてもそういう話をせねば、解決しない。

    総じて、「〇〇したほうがいい」はしない。「〇〇しなくてはならない(マスト)」の仕事に力点を置く。

    とにかく、れっきとした業務なら勤務時間として認めるところから。

    次に「帰りましょうキャンペーン」。一見安っぽいけど、効果がないこともない。本来は段取り、1日の仕事の流れの中で計画的に時刻通り帰るのが理想だけど、そもそも時計を見る習慣のないのもいるし、帰ってもいいのかしら?と気遣いが脳裏をよぎることもある。だから、「時間ですよ」とバッサリいけばいい。言ってみれば、退勤時刻になったら、「時間です」と宣言する係を作る。実はこういう具体性が大事。ただ、仕事も終わってないのに時間だからとさっさと帰る輩も躾のない学級会には多い…。

    で、本丸。

    一般論としては一連の業務フローの中で律速となっているポイントを見付ける。一日の業務の核、あるいは大多数を占める業務の手順や環境を整える。

    いきなり細かいことから言うようだけど、毎日使う文房具を使うたびに置き場所まで取りに行くことが無駄だと気付かなければならない。毎日使うなら、いつも使う場所に定位置として設置することが実は象徴的な改善策。

    部長がハンコを押すべき書類をいつも溜め込んで決済が進まない。部長が溜め込んでしまう癖の人なのか、そもそも社内の書類管理が多いのか、その部長に集まってくる書類の量が適正じゃないのか、部長の前の段階の人が溜め込んで一気に持ち込むから部長が悪く見えるのか…。ちょっとここでは個人の癖とか能力は別の話なので、稟議回覧のフローを簡略する(つまりこれは単にハンコを押す欄を削る、省くという話ではなくて、適切に権限移譲して、書類の回覧のみにするか、それでは書類は減らんということなら、権限者が周知するところまで責任を持つ、等々の内部統制的な話になる)ことになる。

    つまり、部長ではなく課長に権限移譲されておれば、課長段階で周知なり運用に移行すれば事足りる。部長は「はい、見たよ」でおしまい。

    調剤薬局なら棚。棚の配置が命。よく使う医薬品を一番下の引き出しにしまって、都度しゃがんだりかがんだり、腰を痛めて、取る無駄は良識があればそうならない。と、こう読めば「そんなバカな」というだろうけど、どういうわけか、薬局というところは考えなくても変だな、という状態の上にさらに次の層が覆いかぶさっていることが多くてそのまま保存される。つまり普通に実在するし地層化する。若いから腰痛くない、とかそういう話じゃないんだが、高頻度に使うAという医薬品を28錠取ってくるためにいちいちしゃがんだりかがんだり、腰を痛めたりすることを繰り返す時間の浪費と筋肉・関節の疲労に向き合わないといけないんだが。

    よく使うものは簡単に手の届く場所に。これは見える化もセットだと思う。ひとに訊かなくても見たら見つかる。

    更に徹底するなら、最下段の引き出しは使用不可(備品などは可)。

    次に法則の単純化。一般的には50音順。50音順と言ったら50音順。例外を作らない。自動的に1ヶ所展開になる。Bという医薬品があっちとこっちにもあるなんてことは愚の骨頂(だけど、やはり実在するし、薬局あるある)。湿布が(ガタイが大きいから)あっちの棚とこっちの棚に分かれているなんてことも同様。法的には普通薬・劇薬を区分するけれど、次の区分は剤形。錠剤カプセル、軟膏チューブ、目薬…。予備在庫が本籍の棚に収まらないなら、その本籍棚が頻繁に使うものなら、その使用頻度に耐える場所でなければならない。本籍棚が取りやすい上段の目線にあるのに予備在庫は最下段の引き出し、あるいは別のオリコンにしまってある、脈絡のない別の棚に別途あいう…が並んでいるなんてことも作業性を完全に無視しているだけでなく、混迷以外の何物でもない。

    狭義の調剤(いわゆるピッキング)は単純作業だから、効率(作業性)がすべて。余計なことが頭をよぎれば間違いのもと。配置ルールの単純化と徹底に尽きる。正しいお薬を正しい数量持ってくるだけにする。

    ここまで効率命でお話ししたけれど、”薬効分類別”という棚の考え方もある。チェーンの薬局が大多数を占めるから、応援などの人の貸し借りが普段から起きる環境では恐らく極めて少数派ではあると思うし、個人薬局限定かも知れない。ただ、どうしても薬効がひとつとは限らないので、配置に困ることになる。つまり、初学者や配属間もない人間にとっても教える側にとっても一言では説明し切れないし、慣れるまでの時間が必要になる。つまり、熟練が必要。一方、剤形別と50音順を伝えれば済むのであれば、OJTする方もされる方も短時間だし、覚えることも少ないから経費の面でも年取った頭でも負担が少ないし、今日からある一定のパフォーマンスを期待していい。教育が一番お金がかかる。教える人と教わる人の人件費はいつも×2以上だし、習得したかどうかわかりにくいから効果も微妙。費用対効果が悪いというより算出しづらい。

    だから、ルールがシンプルで、教えること覚えることが少ないことが正義なのだ。

    ただね…、”薬効別分類”はその会社や薬局の姿勢としては嫌いじゃないし、立派だと思う。つまり、そこに思想があるか否かだと思う。

    また、機会があれば作業動線とかもう少し人間の動きの話もいつか。