カテゴリー: 健康と医療

病気のこと、薬物治療のこと、健康のこと、人体のこと。

  • 副鼻腔炎とマクロライド少量長期投与療法

    いわゆる蓄膿症の定番治療方法の話。

    マクロライドという系統の抗生物質を一定期間継続服用する治療方法。たいていはクラリスロマイシン(CAM)を使うのが一般的…というか、これ以外はもともとが流通量が少なくて、今日日、出荷調整が日常の昨今、処方されても在庫があるやらどうなん?

    クラリスロマイシンは抗生物質ではあるんだけど、バイ菌をやっつけるというより、炎症を抑える目的みたい。

    かくいう私も昨年2025年10月ごろに発症して、一旦軽快したと思ったら、すぐに再発💦 なかなか受診できないまま半年以上が経ち、6月に入る頃には鼻詰まりもひどく、左の鼻腔は完全封鎖。何よりも頭痛がひどくて、体力消耗、意識朦朧のレベル。これではアカンとやっとの思いで受診。

    前回も今回も処方内容は同じ。抗生剤もクラリスロマイシンからではなく、急性期はセフカペンピボキシルという言ってみればちょっと強めの抗生物質を一旦かまして、ひどい状態を脱してからのクラリスロマイシン。前回も今回も。というかこの流れも含めて定番の治療プロトコール。

    当然と言えば当然だけど、私のように頭痛が出たり、のどが痛くなったりというのは普通なので、たいていは痛み止めも一緒に処方されます。頭痛自体は1〜2日で解消。私はのどの痛みはなかったのですが、頭痛ものどの痛みもロキソニンで十分効くレベルの痛み。鼻も2日目には若干通りが悪い感じはありますが、それまでの完全封鎖状態からみれば断然快適。もちろん、両鼻腔封鎖ではなく、肩鼻が完全封鎖状態ではありましたが。

    ただ、不思議なのは、1週間くらいの抗生物質を飲んだら、そのままおしまい、というケースもあれば、「もうなんともないんだけどなぁ」と患者さんは言うのに毎週受診するように言われて、しかも抗生剤が出たり出なかったり、モンテルカストと言ってアレルギーのお薬だけ出たり…。商売柄きちんと処方意図を確認したり不明なら処方元に確認することもあるんだけど、今ひとつ、患者さんの話と処方内容がかみ合わないことがあるような気がする。じゃ、確認すればいいんじゃないの?と思うでしょ?それが処方をパッとやめちゃうドクターもいれば、ずーっと何かしら飲ませるドクターがいるのも確かなのね。処方も大外れみたいなものじゃないから、出ている処方を飲ませてはいけない理由も思い当たらない、そんな状況になる。患者さん本人も何で処方が出ているのかよくわからないけど、「飲んでいると調子いいかも」ともう思い込みとかそういう世界に入っていたりして、お互いにこのままでいきましょうかとなる。

    副鼻腔炎の場合、あんまりすっきり治りました、みたいな患者さんに出会うことが少ないような気がして(もちろん、すっきり治ったら薬局には来ないんだが)、副鼻腔炎だけにずるずると慢性化するイメージが強い。一方、専門書などを見ると抗生物質を3~4週間続ける、みたいなことを書いてたりして、そこまで長期間抗生物質を処方する場面にもあまり出会わない。せいぜい断続的。日本は世界的にも抗生剤を使いすぎて耐性菌の発生率の高い国らしいから、何か制限がかかっているのかも知れないけど。ダラダラ使うのもかえって耐性菌のもとになるような気がするけど、ドクターも考え(エヴィデンス)があってやっているんだと思うし。

    何かの機会に調べてみよう。

  • うつと蛍光灯

    暖色系にすべし。

    白い蛍光灯だとしんどいはず。ダメージを感じる。

    これが暖色系に替えるだけで、ストレスがだいぶ軽減される。

    まぁ、替える元気があるときに替えてね。

    うつの定番として電気をつけたくないから部屋の電気を昼も夜も真っ暗にしておくとストレスを感じないで済むという面はあるんだけど、単純に見えないから活動量が減るし、増えない。

    無理することはないんだけど、ある程度の活動量があることで枯渇したアドレナリンやセロトニンがわずかであっても分泌して作用しやすくなる。

    何もしなくたってしんどいから、真っ暗にして何もしない方がしんどくはないんだけど、少しずつでも活動していかないとアドレナリンもセロトニンも出ないままになる。分泌があると反応側の受容体が増えて、反応するようになる。アドレナリン、セロトニンの受け皿が増え、元気が出てくる。このサイクルが回転して、わずかでも上昇しながらそのサイクルがまわっていくと、それがつまり改善、ということになる。

    なので、明るすぎるとストレスだし、暗いと何もできないから、折衷案として、暖色系の蛍光灯。可能なら明るさが調節できるタイプと尚いい。うつじゃなくても不眠の人もこれをやると入眠しやすくなる。白い蛍光灯は刺激になっている。うつの要因のひとつに不眠による脳みそが休まっていない状態が続いていることがある。裏を返せば、睡眠こそ最大の治療。薬に頼る方法もある時点では悪くないけど、脳みそや体が眠ろうとする仕掛けを作ることはとても大事。

  • うつと「ごめん、むり」

    このサイトの大きなテーマのひとつと思っているんだけれど、なかなかどこから書き始めたらいいか少々悩む。よって、以前手書きで書き留めた、うつの人に役立ちそうな薬以外の症状緩和術をまずはUPしていこうかな、と。

    人間にはできることできないことがある。そりゃそうだ。でも、うつになるということは、おそらくその過程で、頑張ればできるけど相当な努力とか時間をかけないとできないことを「わかりました、やります」と請け負ってきたのではないか。

    頑張ればできる、がくせ者。

    で、頑張ってきた。でも、途中から頑張れているのか、限界を超えて”疲れた”とか”もう無理”っていう自覚症状が壊れてしまっているのかすらわからなくなって、実は神経が壊れてしまっている。それがうつになる直前とか直後の状態なんじゃないかと思う。

    ちょっと脱線するけど、うつがアドレナリンやセロトニンの分泌低下、枯渇やアドレナリンレセプターやセロトニンレセプターのダウンレギュレーション(減少や反応低下)を病態とする疾患なら、なぜそれらを定量化する検査方法が出てこないんだろう。大学の研究室レベルなら日常茶飯事だから、技術的な問題ではない。

    話を戻す。そんな無理が背景にあるのは誰も疑わないだろうから、自動的に心が弱いからじゃない。一応、これは言っておきたい。もし、弱さがあるとしたら、無理なことを断れないことかも知れないが、それを言い出したら、押し付けている側の罪を十分問うてからにして頂きたい。

    だから、まずは「ごめん、むり」と言えるようになる。つまり断れるようになるようになる。特にうつを発症した後はそれまでできたこともしんどいことが増える。なんなら”できます”も”できません”も言えないくらい神経が疲弊しているはず。

    「ごめん、むり」と言えるようになることがスタートだと思います。今はいい薬が増えました。発症しても比較的早期に一番底の状態を脱出できます(多少の賛否両論や個人差はちょっとここではいったん忘れて下さい)。お薬の力で少しでも浮上した時に「今の自分にはできないことがあります」と宣言してしまうことで、治療も進みやすくなり、のちのち本格的に社会復帰したしたときも無理しすぎず、気軽に「無理かなぁ」と言える自分作りをしておくことになります。

    このカテゴリーはそもそも文字を読むこともストレスな方が読む可能性も考えてなるべく短くします。あと、太字とかそこだけ読めばなんとなく大意は伝わるように工夫していきたいと思っています。

    もちろん、これひとつで解決するほど簡単じゃないです。でも、重いものが少し軽くなるテクニックのひとつだと思って。

  • 薬局の時間外労働対策

    まずはサービス残業対策。
    次に退勤間際の時間帯の段取り。
    本丸は朝から帰るまでの作業(頭脳労働ではなく、ルーティンというか、定型業務)の手順、オペレーション改革。

    これはどんか業種業態にも当てはまる。

    まず、サービス残業対策。
    これをやらないと(今まで勤怠などで把握できていた)残業時間は減るけれど、把握できないものにすり替わる可能性があって、当然法にも触れるし、働いている人たちのモチベーションも体力も損なわれる。1ミリもいいことはない。まずは残業がサービス残業化しないよう予防策を講じておく。

    見えていた残業が管理されないサービス残業化するのは、「残業=悪」という標語が「残業禁止」→「残業すると会社に把握される」→「隠れてやればいい(勤怠を通さない)」or「残業代を払いたくないなら自分の時間でやるわ」に歪んで変換された結果ではなかろうか。勤怠に記録が残らなければいいんだろ?という発想になり、誰かがトラブって退職するときにお上に通報されて明るみに出るパターン。

    そもそもは善意からやっていることが多いのではないか。朝早く出勤して◯◯をやるんだから、そもそもは悪意じゃない。なのに、れっきとした業務であるのに違法だのサービス残業だのと言い渡される。れっきとした業務なんだから、その時点で違法だのなんだのって間違っているんだけど、その朝早く来てやっている業務を勤務として認める、充てる。それだけでいい。朝が無理なら他の比較的手すきの時間に変更する。とにかく勤務時間の枠の中に充てる。人智を尽くしてもどうにもこうにも勤務時間内に当てはまらないなら、それって全体の人時(人手)不足。増員案件。まぁ、増員となると費用対効果も考えなきゃいけないから、単純に採用しましょうとはならないかも知れないけど、そうなると本当にやらないといけない仕事?という議論もまじめにせねばならない。やらなくていい仕事なら言いにくくてもそういう話をせねば、解決しない。

    総じて、「〇〇したほうがいい」はしない。「〇〇しなくてはならない(マスト)」の仕事に力点を置く。

    とにかく、れっきとした業務なら勤務時間として認めるところから。

    次に「帰りましょうキャンペーン」。一見安っぽいけど、効果がないこともない。本来は段取り、1日の仕事の流れの中で計画的に時刻通り帰るのが理想だけど、そもそも時計を見る習慣のないのもいるし、帰ってもいいのかしら?と気遣いが脳裏をよぎることもある。だから、「時間ですよ」とバッサリいけばいい。言ってみれば、退勤時刻になったら、「時間です」と宣言する係を作る。実はこういう具体性が大事。ただ、仕事も終わってないのに時間だからとさっさと帰る輩も躾のない学級会には多い…。

    で、本丸。

    一般論としては一連の業務フローの中で律速となっているポイントを見付ける。一日の業務の核、あるいは大多数を占める業務の手順や環境を整える。

    いきなり細かいことから言うようだけど、毎日使う文房具を使うたびに置き場所まで取りに行くことが無駄だと気付かなければならない。毎日使うなら、いつも使う場所に定位置として設置することが実は象徴的な改善策。

    部長がハンコを押すべき書類をいつも溜め込んで決済が進まない。部長が溜め込んでしまう癖の人なのか、そもそも社内の書類管理が多いのか、その部長に集まってくる書類の量が適正じゃないのか、部長の前の段階の人が溜め込んで一気に持ち込むから部長が悪く見えるのか…。ちょっとここでは個人の癖とか能力は別の話なので、稟議回覧のフローを簡略する(つまりこれは単にハンコを押す欄を削る、省くという話ではなくて、適切に権限移譲して、書類の回覧のみにするか、それでは書類は減らんということなら、権限者が周知するところまで責任を持つ、等々の内部統制的な話になる)ことになる。

    つまり、部長ではなく課長に権限移譲されておれば、課長段階で周知なり運用に移行すれば事足りる。部長は「はい、見たよ」でおしまい。

    調剤薬局なら棚。棚の配置が命。よく使う医薬品を一番下の引き出しにしまって、都度しゃがんだりかがんだり、腰を痛めて、取る無駄は良識があればそうならない。と、こう読めば「そんなバカな」というだろうけど、どういうわけか、薬局というところは考えなくても変だな、という状態の上にさらに次の層が覆いかぶさっていることが多くてそのまま保存される。つまり普通に実在するし地層化する。若いから腰痛くない、とかそういう話じゃないんだが、高頻度に使うAという医薬品を28錠取ってくるためにいちいちしゃがんだりかがんだり、腰を痛めたりすることを繰り返す時間の浪費と筋肉・関節の疲労に向き合わないといけないんだが。

    よく使うものは簡単に手の届く場所に。これは見える化もセットだと思う。ひとに訊かなくても見たら見つかる。

    更に徹底するなら、最下段の引き出しは使用不可(備品などは可)。

    次に法則の単純化。一般的には50音順。50音順と言ったら50音順。例外を作らない。自動的に1ヶ所展開になる。Bという医薬品があっちとこっちにもあるなんてことは愚の骨頂(だけど、やはり実在するし、薬局あるある)。湿布が(ガタイが大きいから)あっちの棚とこっちの棚に分かれているなんてことも同様。法的には普通薬・劇薬を区分するけれど、次の区分は剤形。錠剤カプセル、軟膏チューブ、目薬…。予備在庫が本籍の棚に収まらないなら、その本籍棚が頻繁に使うものなら、その使用頻度に耐える場所でなければならない。本籍棚が取りやすい上段の目線にあるのに予備在庫は最下段の引き出し、あるいは別のオリコンにしまってある、脈絡のない別の棚に別途あいう…が並んでいるなんてことも作業性を完全に無視しているだけでなく、混迷以外の何物でもない。

    狭義の調剤(いわゆるピッキング)は単純作業だから、効率(作業性)がすべて。余計なことが頭をよぎれば間違いのもと。配置ルールの単純化と徹底に尽きる。正しいお薬を正しい数量持ってくるだけにする。

    ここまで効率命でお話ししたけれど、”薬効分類別”という棚の考え方もある。チェーンの薬局が大多数を占めるから、応援などの人の貸し借りが普段から起きる環境では恐らく極めて少数派ではあると思うし、個人薬局限定かも知れない。ただ、どうしても薬効がひとつとは限らないので、配置に困ることになる。つまり、初学者や配属間もない人間にとっても教える側にとっても一言では説明し切れないし、慣れるまでの時間が必要になる。つまり、熟練が必要。一方、剤形別と50音順を伝えれば済むのであれば、OJTする方もされる方も短時間だし、覚えることも少ないから経費の面でも年取った頭でも負担が少ないし、今日からある一定のパフォーマンスを期待していい。教育が一番お金がかかる。教える人と教わる人の人件費はいつも×2以上だし、習得したかどうかわかりにくいから効果も微妙。費用対効果が悪いというより算出しづらい。

    だから、ルールがシンプルで、教えること覚えることが少ないことが正義なのだ。

    ただね…、”薬効別分類”はその会社や薬局の姿勢としては嫌いじゃないし、立派だと思う。つまり、そこに思想があるか否かだと思う。

    また、機会があれば作業動線とかもう少し人間の動きの話もいつか。