即断即決

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世の中の激変する。

即断即決は日々の業務を構成する一番小さな点のようなものだ。日々の判断に無駄が生じれば、1日の活動に遅れが生じる。つまり、日々の判断の集積が1日、1週間、1ヶ月…の活動に影響を及ぼす。

今答えを出すのも明日答えを出すのも同じ答えなら、遅らせる意味がない。

もちろん、熟慮熟考すべき内容もときにもあるから、すべて即断即決のふりして短慮してはいけない。

ただ、日々の業務の状況判断については即断即決する習慣を身に着けることができる。

日々の業務について、「よく考えておきます」はない。何か作業工程に問題があるとか、抜本的な改善が必要となると即断即決とはいかないかも知れないが、それでも長期的な改善と短期的な姑息的改善は切り離さなければならない。

改善すべき部分があるのに(放置しておけば危険性があるのに)、差し当たりの手も打たず完璧を期すばかりに長期的な手当てに気を取られて時間ばかりをかけていては、その間に時限爆弾が爆発してしまうかも知れない。

そのくらいの想像力もなければ、すでに状況判断もあったものではない。

ということは瞬時の即断即決と熟慮熟考、長期的対策を整理ができなくてはならない。この整理自体、瞬時にできなくてはならない。

判断…という意味では”保留”という選択肢がある。先送りではなく、敢えて、今判断しないという判断をするという意味だ。これも大切な判断の在り方だと言える。焦らず時期を待つというのも大切で、この逆が短慮だ。必要な判断材料の揃わないうちに大事な決定をすることは慎むべきだ。

即断即決を貴ぶあまり、闇雲に熟慮なく決断だけを繰り返し、結局後になって朝令暮改を繰り返す。これでは社員総出でやり直しを喰らう。朝令暮改をむしろ”スピード感のある我が社”と認識して誇りに感じていた企業もあった。確かにそのあとのM&Aや組織の拡大により、判断の遅さ、更に遅い上に熟慮熟考する習慣がもともとからしてなかったために、稚拙さと遅さが目立つようになった。

大きな企業ではあったけど、稚拙ながらもスピードがあることで活路を切り開いてきた。その力の源が失われたら、会社の命運も尽きたも同然だろう。

私はその会社では末端の社員であったから、評論家然とした言い方しかできないし、他社ではあるが、企業の中核を担ったこともあれば、それほど見方に間違いはないと思う。

それは日々の状況判断が企業全体の前進に影響を与えるという法則にどのケースも外れていないからである。

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