


ここは原始神道の在り方を教えてくれた場所と言えます。
こちらは社に向かって東ですので、日が昇る祭祀は男性が取り仕切り、女人禁制となります。ただ、お詣りができないわけではなく、女性はチェーンのこちら側からであればお詣りは可能です。ここに至る道も別々で、女性は参道を通れません。
逆に日が沈む方の祭祀は西に向かってお詣りする形で男女の役割や扱いが逆になります。
そもそも古代の祭祀の中心は女性だと思ってきましたので(卑弥呼のイメージですね)、新しい発見であったのと、もしかすると時代の変遷の中で変化していって、過渡期的な祭祀の在り方がそのまま残ったケースもあったかも知れません。
のちに政祭一致が進み、政治も祭祀も、権力のすべてを男性が握っていった歴史を思うとこの姿ですら原点ではなく、どこか途中経過だったのではないかと思わなくもありません。
天照大御神が男性か女性かという議論もありますが、もともと神が男でシャーマンが女性だった。でも、政治的な都合からシャーマン側(権力者)が男性となり、神は女性の方が都合がいい…そんな変遷があっても不思議ではありません。
ちなみに月の神である月読命は男神ですので、先の例で女性が陽が沈む西に向かって祭祀をするのは差し支えなさそうです。
ということは神が男性であるか、女性であるかは結構重要だった可能性はあるのではないでしょうか。
社の建て方も男神か女神で異なるようですから、政治権力=男となるまではちゃんとした区別があったということでしょうし、でも社を建てるようになって千数百年もすれば、建物の性と中にいるはずの神様の性が食い違うなんてこともそりゃ起こるでしょうね…。
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