瞑想の効果は頭の中の整理、最適化です。これは睡眠も同じ効果があるので、十分睡眠が摂れるのであれば、それだけでいいかも知れません。
瞑想は割と体調もよくなって、社会復帰したあとに、お昼休みや電車通勤のときにやるといいかも。
車の運転中は…ダメそうなイメージだけど、決して目をつぶってしなきゃならないものじゃないから、本質というかやり方がわかっていたら、可能です。
午前中、少しストレス感じたな…、今日はなんか疲れたな…そんなときにプラスαでできるといいんじゃないでしょうか。
おおまかなやり方は
姿勢を糺す。背筋を伸ばして、体を揺らして体幹の中心線を探す。
丁寧に呼吸をする。
以上です。
最初の姿勢ですが、あまり形は気にしなくていいのではないかと思います。つまり、坐禅を組まなくても、電車の吊り革につかまった状態でも構わないのです。
大事なのは呼吸。
鼻で呼吸をする。
吸うときは空気の流れを感じて、「鼻から入ってきてるな」と認識する。空気の流れを感じる。吐くときも同じ。「鼻から出ていっているな」と認識する。別に鼻じゃなくても、腹式呼吸で「おなかが膨らんできたな」でもいい。とにかく息を吸ったり吐いたりじゃなくて、その状態を観察して、「今こういう状態だな」と認識し続ける。
吸うときも吐くときも一定のペースで吸ったり吐いたりする。3秒で吸ったり吐いたりするより10秒の方が難しい。
最初は…
「いーち(吸う)」「いーち(吐く)」
「いーち、にーい(吸う)」「いーち、にーい(吐く)」
段々長くする。
「いーち、にーい…きゅーう、じゅーう(吸う)」「いーち、にーい…きゅーう、じゅーう(吐く)」
あくまで一定のペースで。最後の方で一気に吸い込んだり吐いたりしない。毎回、満タンまで一定のペースで吸い切って、吐き切る。
大事なのは一定のペースであることと、「今空気が入ってきてるな」などなどと認識すること。これがどうやら自分の内側を見つめることになって、脳の中が整理されていくらしい。
脳とは言ったけど、心と置き換えてもいいんだと思う。
瞑想は決して心を空(から)にすることじゃない。
むしろ見つめて「今こういう状態だな」と観察すること。
それが仏教の言うところの「内観」なのかどうかはわからないけど、漢字の感じはそれだと思う。
ちょっと脱線するけど、仏教の言う「空(くう)」が誤解されて、瞑想中は心を無にする、みたいな感じに理解されたんじゃないかと思うのですが、もちろん、瞑想中に騒がしい心の動きを落ち着かせるために心の中を観察するように言っているんだと思います。
それに付け加えると仏教の「空(くう)」は心の空っぽではなく、目に見えているものはむなしいもの、ただ、このむなしいという言葉の印象もズレが発生しそうですが、目に見えているものは見る人が違えば、別物に見えているから、こだわったり執着することに意味はないよ、という意味だと思います。それを「空(くう)」と呼んでいるだけで、心を空(から)にしなさいとはお釈迦様は言っていないと思います。
(参考)
『仏教瞑想論』蓑輪顕量
『ヨーガ・スートラ パタンジャリ哲学の精髄』A・ヴィディヤーランカール
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