投稿者: kmngr_kasumi_eater_0607

  • Dr.MartensのAdrian:2代目はレッドステッチ。

    初代のイエローステッチは2020年8月購入ですから、そろそろ丸6年。27.0㎝(UK8)

    今回のレッドステッチを購入するにあたって悩んだのが当然サイズ。結果としては同じ27.0㎝(UK8)購入。

    今もイエローステッチを履いてるんなら同じで何が問題なのさ?と至極尤もな疑問が起こりそうですが。

    この直近6年というのはうつ期の最終章であり、最デブ期でもあります。体重にして最大測定値は83.3㎏。あくまでも最大測定値であり、それ以上は測定を放棄していましたので、83.3㎏以上まで膨れ上がり、何度もこのサイトでお伝えしているように2026年5月にめでたく退薬できたおかげで現在76㎏前後です。

    革靴というやつはある意味寄り添う靴と言え、この6年最大まで膨れ上がる体形に追随し一緒に大きくなってくれたものと思われます。

    実際、この何年かで履けなくなってしまった靴も結構あって、泣く泣く手放しました。痩せる目標のために捨てずにとっておく…というオトメのような心境になるはずもなく、差し迫って痩せなくてはならない健康上の理由はあったものの、目的のために保管する気にはなれませんでしたね。

    幸い、Adrianイエローステッチは伸び続けてくれました。内側(内皮)は先日もお伝えしたように痛んではいますが、日常の使用に全く支障はありません。とはいえ、だいぶ趣向が変わったこともあり、ここ最近は休みの日にも革靴を履くことが増え、イエローステッチを酷使している部分はあります。HARUTAのタッセルローファーも愛用していますが、こちらはイエローステッチより高齢です。しかもサイズがキツめですので、どこかでいきなり崩壊する危険性が…いや、ローファーだけにフィット感は大事なのですが、キツめとフィット感の狭間なので、寿命が読めません。

    そんな不安もあって、新人採用と相成ったわけですが、たまたまセールとクーポンで2万円を切るお値段で購入できるということで。

    さて、サイズです。

    上記のような経緯でしたので、果たして新品も27.0㎝でいいものか…紐靴ならあまり厳密に考えず0.5㎝上乗せしたかも知れませんが、フィット感命のローファーのこと。

    結局は27.0㎝を注文し、家でも試し履きをして、ピッタリすぎる不安がありながらも指に余裕はあり、指がどこかに当たって痛いということはなかったので、本日の彌彦詣りのために初外履きを果たしました。

    懸念はかかと。普段から携帯用の靴ベラは持ち歩いているので、外でも脱いだり履いたりするのに苦労はありませんが、かかとがピッタリすぎなんですよね。かかとだけじゃなくて全体的にがっちり包まれている感じでしたので、案の定、かかとは靴擦れができ始めてしまいました。彌彦詣りのほかにも用事があったので、このままでは歩けんと思い、途中古巣の(笑)ウエ〇シアに寄って、テーピングを購入。

    テーピングの使い方はいつかお話しできればと思います。

    とりあえず、テーピングで靴擦れの悪化を止めて、辛うじて歩ける状態に。

    フルの遠征ならテーピングは標準装備なんですけどね。

    抜かりました💦

    さて、レッドステッチの方は結果としては若干キツめ、ただし、サイズアップするまでかというとやはりそこまでではないかもという、文字通り微妙なサイズ。

    いずれにしても外履きしてしまいましたので、返品もできませんので、育てましょう。当分テーピング併用ですけどね。

    逆に言うとDr.Martensの固そうな伸びなそうな革でもちゃんと伸びてるってことだね。でも履き続けなきゃ。

    さっきも言ったけど、この歳になってローファー一辺倒になったのにはいくつか理由はあるんだろうけど、スタンスミスを履くのが気恥ずかしくなったり、もともとブーツは好きだったけど、あれは戦闘モードを具現化したもので、マインドが戦闘モードじゃなくなったってのがあるんじゃないかな。

    ローファーはそれでも足元を固めるアイテムとして、ひ弱ではない安心できる戦闘力が必要で、そうなったんだと思う。

    ちなみに最近、遠征用のスニーカー枠におさまったのは何年も前に買って眠ったままだったNIKEのモアテン(モアアップテンポ)。NIKEとしてはたぶん定番モデルではなくて、時々出してくる気まぐれ…じゃなくてマニア向けかコレクター向けか転売目的のおいしいネタか…。いずれにしてもエアが優秀で遠征にはもってこいなわけでして。ただ、靴そのもののデカさかブーツ並みで、結局趣味趣向は変わっとらんだろ…しかもAIRってデカ文字入っているデザインは変態でしかない…。

    Adrianの話。

    そもそもはオーストリアのオペラ座でドイツ語のオペラを観るために、フロア席はドレスコードがあるので、革靴でも歩けるように練習のつもりで買ったのがAdrianでした。革靴でも十分歩けるところまでは馴染んだ。実はオーストリア行きのチケットと宿の手配まではやった。ドイツ語の能力は拙い独検4級合格レベルだけど、そもそもオペラ座のチケット予約はオンラインだから(笑)

    今はとりあえずレッドステッチを育てていかないと。

  • 彌彦神社とポールポジション

    ↑令和8年6月27日(土)

    普通にほぼ満車状態のお昼ごろ。

    ↓令和8年5月27日(水)

    ↓令和8年5月10日(日)

    時々一の鳥居に近い駐車場に停めさせて頂くこともあるので、統計的にはだいぶバイアスがはさまりますが、この第一駐車場に停める時は直近3回はポールポジションです。

    あくまでも混んでいるときは近いところが空いている法則がそのまま当てはまったまでです。

    スピリチュアル界隈の方からすれば、不敬だの信仰心がないだの言われそうですが、駐車スペースが空いていることと信仰心は関係がありません。

    神様が空けて待っていてくれたかどうかは確かめようがありませんし、いずれにせよ、私は感謝しています。

    私がお邪魔するタイミングで一番近い駐車スペースが空いている確率はそれでもかなり低いでしょうから、何かのお力が働いているのかも知れません。

    ただ、以前にもお話ししましたが、誘導の係のいない駐車場では起こり得ることです。空いたところから埋める力学が働きませんから。

    神道は…神の存在を信じる宗教ではないと思います。

    もちろん、人生生きていれば、見えない力に救われたり助けられたり、大きな力に人生を動かされたり、そういったことを感じたことがないではありません。

    でも、神道は…私は神職でもなければ、専門家でもありませんから、多少の間違いや勘違いは見逃して頂きたいのですが…そういった力の背景にある神の存在云々の宗教ではなく、よきにつけわるきにつけ、感謝する宗教なのではないでしょうか。

    助けられたり救われたら、感謝すればよく、もし悪いことに巻き込まれてひどい目にあったとしても、運が悪いとかそういうことではなく、何か教訓や示唆があったのではないか、それに対して感謝すればよく、主語が誰であるかは必要のないこと、意味のないことなのではないでしょうか。

    確か司馬遼太郎先生だったかと思うのですが、中国の宗教は”天”の発明から始まると言っていたかと思います。祖先崇拝と天という人智を超えた存在。

    神道はそれに擬人化が加わったのでしょうけど、それも明治以降の国家神道の影響…というか明治政府の方針だったのか、それまで神社にどの神様がお祀りされているのかいちいち明確にしていなかったと聞きます。それこそ不敬で神様の名前を口に出してお呼びすることなどありえなかったわけです。

    尤も明治政府のおかげで古来の神様を書き換えられてしまって、本当によくわからなくなってしまった神社もあるようですが。古事記日本書紀に登場しない神様は改めよ、というあれです。

    古代までさかのぼれば、さらに神社という建造物が出現する前の時代にはそもそも名前があったのか…。

    そういった原点は想像するしかないけれど、どの神様かなんという名前の神様か…あまり意味はないのではと思ったりします。

    さて、神様が駐車場の一番いいところを空けて待ていてくれたとすれば、それはありがたいことですが、神様はそんなことしなくていいんです。ただでさえ、あれこれお願いされるんでしょうから。商売繁盛、家庭円満、縁結び、受験合格、病気平癒、交通安全…。

    私は…僭越ではありますが…そんな忙しい神様に少しでも些末な心配をさせないよう、しょうもない神頼みが増えないよう、影でね火消しをさせて頂いているまで…。

  • 仕事との距離の置き方(その3)絵画

    絵はずっと描きたい衝動はあったんだ。

    でも、描きたいものが思い浮かばないし、まじめにデッサンという気分でもない。そもそも高校の美術の授業以来ちゃんと習ったこともない。もっと描きたいものを描きたいというシンプルな衝動でいたかった。だから、折に触れてスケッチブックは買ってみるけど続かなかった。

    ある時をきっかけに変わった。

    ひとつは万年筆。

    もうひとつはテレビを見なくなったこと。

    たぶん、この2点で説明し切れると思う。

    万年筆を使い始めたきっかけ自体はよく覚えていないけれど、大人の筆記用具を持ってみたかったんだと思う。少しいいものも買ってみたけど、結局絵に適していたのは一番安いKAWECOの万年筆だった。その中でも持ちやすさでパケオというシリーズで、恐らくブランドの中で一番安いモデルではなかろうか。

    これがよかった。万年筆で線を引く感覚が気持ちいいのだ。これは確実にうつに奏功したに違いない。

    そうはいっても素人のお絵描きには違いないので、道具にお金をかけるのもなぁと控え気味だった。でも、そのうち色鉛筆に手を出した。最終的にはホルベインがよかったような記憶がある。色鉛筆で満足しようとその時は思っていたのに、絵の具に手を出した。でも、知識がないので、高校の美術の時間に多少使ったことのある、アクリル絵の具を手に入れた。やはりホルベインだった…といっても日本海側の田舎都市で絵の具を買えるところなんてそうはないんだよ。ホルベインは某ホームセンターにもフルラインナップで置いているし、オンラインでも購入可能。

    そもそもアクリル絵の具には2種類あって、ポスターカラーのようにベタ塗りしかできないタイプと重ね塗りして映えるタイプと2種類あった。当然後者。

    ただ、技術的な話にはなるけれど、絵の具は混ぜれば混ぜるほど濁る。なるべく少ない種類でイメージする色に近付けないときれいな色にはならない。

    そもそも絵が描けるようになった、つまり描きたい絵がイメージできるようになったのはテレビを見なくなったことだ。これは間違いないと思う。

    当時、自分の部屋は2階にあったけど、わんこが年齢とともに階段の上り下りができなくなった。それなら自分は1階に居を移せばいい。ただ、残念ながら1階にはBSがつながっていなかった。その頃すでにテレビといっても大河ドラマくらいしか見ていなかったんだ。がちゃがちゃしたバラエティーだのどこかの企業のマーケティングを反映させた情報番組なんて、脳みそのゴミにしかならなかったし、そもそもうつの脳には受け付けなかったんだろう。

    そんな経緯から脳みその中のゴミが徐々に排除されたんだと思う。

    3年半で300枚描いた。

    狂気の沙汰…ではなく、頭に描かれたものを写しているだけのことだった。

    当然、脳内でのイメージ化の方は早く、手で描く方はそれより劣る。そこは若干の根気が必要だった。描く方の技術は誰かに教わったわけではないから、下書きだけで終わっている作品もあった。でも、いつか続きは描くと思う。

    この1年は転職もあって、だいぶ描くペースは落ちてしまったけど、描くというベースはできているからいつでもまた描き始められる。絵の具は使わないでいるとだんだん固まっていくからそれだけは気になってはいるけれど。

  • 仕事との距離の置き方(その2)

    20代30代と仕事に明け暮れた。

    40代はうつでほぼ空白の時代だった。

    その40代後半になって、気付きがあった。うつが好転したからかも知れない。でも、誰かに言われたわけでもなかったと思う。

    「若いときに忙しさを言い訳にして諦めたことをそのままやらずに死んでいいのか?」ということだった。

    そもそも海外で医療をやりたかった。それなら初志貫徹、医師免許を取る道に進むべきだった。でも、そこからつまずいた。思えば学業成績よりも気力との戦いだった。

    自分でいうのもなんだけど、持て余した。

    100%順調とは言わないけれど、ごく世間平均から見れば、十分順調だったと思う。

    ドラッグストアの店長も調剤薬局の薬剤師も薬局長も…それなりに短期間で形にはなった。もちろん極めたわけではないけど、いつも2年で異動だった。

    だから、多彩な経験を積むことができたし、今それをネタに人様の役に立つものを考えられるようになった。

    が、しかしだ。それは仕事人としての満足(自己満足に陥らないようにこうして世に出す努力を始めたのではあるが)。

    個の自分はどうだ?

    やりたかったことはやれたか?

    続けたかったことは続けられたか?

    どれもYESとは言い難かった。

    音楽は子供のころから何かしら続けてきたけど、社会に出てからというもの途端に時間がなくなった。

    海外で仕事するための準備はできたか?学生時代英語の成績は優秀で、その勢いに乗って映画は字幕なしで観るようにしていて、英語脳を獲得できたような気になっていたけど、映画自体見る機会がなくなった。

    コロナウイルス感染症パンデミックの直前頃、目覚めたんだ。

    このまま仕事だけやって、やりたいことをせずに死んでもいいのか?10代の頃、ロック少年だった自分は(今もロック少年だが?)明日死んでも悔いない生き方をするというのがポリシーだった。それはつまり、いつだって真剣に取り組んで手を抜かずやり遂げることだったはずだ。

    その精神は仕事にも活かされただろうから、決して失われたわけじゃない。ただ、方向が偏った。

    40代後半の一番の変革は語学と絵画、そして遠征。

    長くなったので、続きはまた後日。

  • 採用担当になりたい新入社員

    やめておけ。

    私は会社を代表して新卒を採用することにまじめに取り組んでいたとは思うし、自分の会社のいいところもわるいところもなるべく率直に伝えて、過去の成り立ちもこれからの方向性も語ってきた。でも、特に新卒採用という場は若干の興奮状態がある…のは経験者なら少なからず感じることだろう。それがわかっているからこそ、のぼせた状態で就職しないよう、冷静な判断の中で社会に出られるよう、こちらも冷静なふるまいをしてきたつもりだった。

    だから、わかるだろうか。

    これから入社しようとする新入社員に、さっきまで就活生だった新入社員に「〇〇さん(←わたしのこと)みたいに採用の仕事がしたいんです」と言われてしまったら、完全敗北なのだ。

    大げさかもしれないけれど、ひとさまの人生を変えてしまうかも知れない採用担当になどなってはいけない。

    もちろん、決めるのは本人だ。

    それに事実、「だまくらかして採っちまえばいいんだよ」という採用担当も経営者も普通にいる(出会った)。私が採用をしていた会社はそんなことはなかったし、人事関係のメンバーもしごくまじめで見習うところも多かったから、なんの後ろめたさもなく取り組んでいたと思う。

    でも、常に一抹の不安はあった。こちらに後ろめたさはなく、誠心誠意伝えていたとしても、20年かそこらしか生きていない、せいぜいバイトくらいしか社会を知らないひとたちに勘違いさせずに仕事を選んでもらえるだろうか…。

    それが「採用担当になりたい」と言われた日にゃ、完全敗北以外に何があろうか。

    もっと大げさに言えば罪悪感という言葉があるかも知れない。

    もちろん、若いひとたちの判断力や見る目も信じてあげればいいんだけど、それは彼ら彼女らの能力の話で、こちら側の気分とは別の話だ。

    採用の仕事に関わっていたのはもう15年以上も前のことだけど、今なら絶対にしないし、今どこかで採用の仕事をなさっている方にお会いしたら、変な目で見てしまうかも知れない。悪しからず。

  • 男子、三日会わざれば刮目すべし

    男子はあるとき急成長する、の意。

    裏を返すと、社会に出てから成長の余地がある。

    なぜこんな言い方をするかというと、企業で採用をしていた身の上、女子は学校というところを卒業した時点でわりとしっかりしている。人間らしい。統計を取ったわけではないけど、毎年新卒だけで千人単位の面接をしていたので、それほど偏ってはいないとは思う。ざっと平均して、の話ではあるけど。女子はやっぱり男子に比べると様々な面で苦労してきているのかも知れない。あるいは就活も含め、男子のようにぼんやりしてられないから自然と姿勢から違ってくるのかも知れない。男子は総じて…やめておこう。自分が大学を卒業したころなんて、果たして人間にすらなれていたか自信がない…。

    つまり、男子は娑婆に出た時点では何もないんだ。そこから成長せずに何がある?

    そういう意味で刮目せよ、があると思うけど、社会出てずっと成長するわけではないし、いつまでもこいつは…と馬鹿にされるタイプもいる。いつしかダメな奴で定着する。いつしか使いもんにならんとまで言われるようになる。でもしかしなのだ。そんな彼らが突き抜ける時がある。

    私自身、ニヤリとすることもあれば、私自身サジを投げたこともある。どちらでもいい。突き抜けることがあるんだ。

    いつまでも古いイメージで馬鹿にしていると箸にも棒にもと言われた彼らに抜かれているんだ。こんな痛快なことはない。

    だから、久しぶりに会った男子には先入観を持たず、よくよく観察せよ、と。

    ちなみに教育の仕事をしていて、いや専門的に教育の仕事をしていなくてもどんな仕事でも教育する場面はあろうから、そのどちらでも構わないのだけど、情熱を傾けて接した箸にも棒にもの彼らが「おかげで店長になれました」なんて言ってきたら、これに勝る喜びはないし、会社からの評価なんかよりずっと大事なことだよ。しかも誰でももらえるわけじゃないボーナスをもらえるわけ。まぁ、私もその時はそれなりに出世させて頂いていたから、ゴマをすることを覚えたのかも知れないし、偉くなった私に指導されたことがあると誇りに思ってくれたのかも知れない。

    いずれにしても当時は叱ったり叱られたりするばかりの関係だったのが、何年かの月日を経て、お互い立場も変わり、感謝し合えることがいいじゃないか。

  • 10年後の姿

    アメリカのドラッグストア業界を視察しに行ったとき、この業界だけじゃないけど、「今のアメリカの姿は10年後の日本の姿」とよく言われた。

    日本のドラッグストアがこぞってお手本のように名前を挙げたウォルグリーンの薬剤師は年俸1000万円で、物価を加味すると2000万円相当の仕事をしていて、お店では薬剤師が予防接種をする…。それだけの知識と権威がある…と。

    だから、日本も10年後は…そうなると言われていたけど、そうはならなかった。日本の薬剤師とドラッグストアにはそれだけの力量がなかった。

    理由はいくらでも思い当たるけれど、他責にしても仕方ないので、やはり自分たちの力不足だったんだろうと思う。ついでに言うなら、ドラッグストア経営者の理念のなさがあったんじゃないか?

    コロナの頃、ドラッグストアは予防接種の場にはならなかったし、製薬メーカーには予防接種も治療薬も製剤化できるネタが何もなく、「うちがやります」と名乗りを上げたメーカーもその時点では何か手立てがあるようにも見えず、株価は冷え切ったままだったっけ。でも全国の国立大学が自前のストック(研究の蓄積)を披露し始めて、頼もしかったねぇ。

    ここにこの業界の闇を感じたひとは少なからずいたはず。

    国立大学の研究者は苦しかろうが、自分の信じた研究を続けていらっしゃる。でも、メーカーはもうからないものにお金は出さない。国も出さない。でも、昨日今日国が支援をし始めても商品にはなるのはいつのことかまったく先が見えない。

    仮に今日から製薬化学分野に国が支援を始めても日の目を見るのは早くて10年。国立大学が秘かに積み上げてきた実績を買い取るのが早道か…。

    いずれにせよ、死に体の医薬品工業を再興するのは時間とお金がかかることだろう。

  • 仕事との距離の置き方

    きっかけは年齢が一番大きいと思う。

    そして転職。

    大学を卒業してから、常に変化と順応を繰り返してきたつもりだけど、いつまでもできていると思っちゃいけない。

    人から見れば守りに見えるかも知れないけれど、人間そんなに若い時のまま動けるわけじゃない。頭も体も。

    それに、ますます世の中は簡単に隠居させてはくれない。年金受給年齢まで働かなければならない。

    となるとそんな年齢までフルパワーでいくのは自殺行為だ。冷静に考えれば。

    若かりし頃、60、70まで現場仕事で体力仕事なんて到底無理だと思ったもの。だから、上を目指した。偉くなりたかったわけではないような気はするけど、頑張っていたら成れただけ。

    ただ、早すぎた。

    結論から言えば、年齢とか職位とか関係なく、何でもやります、何でも断らないスタンスから、上手に距離を置く仕事との関わり方も必要だと思うようになった。

    大事なことは活躍することではなくなり、ストレスがないことだったり、自分ができることだったり、得意なことに比重がいく。あまりカッコいい生き様ではないけど、果たして必殺仕事人はどこを切ってもカッコよかっただろうか。

    役人としてはいい加減で上司から目を付けられ、家に帰ればダメ夫。ただ一点、暗殺の腕前のみが一流で、その動機すら怨みを晴らすことであって、正義の味方でも何でもないと自称している。

    ある意味、闇落ちかも知れないが、そこに立ち入る勇気も必要なわけで、やらないとやりたくないとできないがない交ぜになっていくけど、やらないの中には自分の中での線引きというか、線を引いてやらない領域を敢えて作るみたいなことが必要なんじゃないかな。

    心境としては映画「許されざる者」が近い。結局、この映画の主人公は殺しの世界から引退したはずなのに、否応なしに引っ張り出され、眠らせたはずの悪しき技を呼び起こしてしまう。

    できれば、ひっそりと静かに余生を送らせてくれまいか…そんな気持ちがわかるかい。

    どうも頼まれると断れない質というのは最終的に自分に責任が向くことが多い。そのたびにもう偉くなんかなるか、と思う。それなりに成果は出せていて、客観的に評価されてもよさそうだが、それほど感謝されないのはやはりそれなりの成果だからか。それなら仕方ない。

    もうそろそろできていたことを今でもできると思っちゃいけない。それよりできることを確実に…の方が精神衛生上も好ましい。

    そろそろそういった距離感を見出せなきゃならない。

  • 機動戦士ガンダムのテーマ

    根底にあるものは「非戦」だと思う。

    そして戦争に善悪も正義・非正義もないということ。

    それまでの戦いがテーマにあるアニメ(特撮でもいいんだけど)では正義が悪を挫くことになっている。

    ガンダムを見てその形式に当てはめる人はほとんどいないんだけど、興味のない人があれを見たときに正義(白いモビルスーツ)が悪(角の生えた赤いモビルスーツ)を倒すストーリーに見えるらしい。

    それを聞かされてハッとするのが、ガンダムを最初から見れば当たり前なのかもしれないけど、味方にも敵にも正義があって、戦う理由がある、しまいには軍とか国とか組織のイデオロギーだけでなく、個人個人に戦う理由があるということに気付かされる。

    今となれば、あれが大人のアニメとなったことは誰もが認めることだと思うけれど、始まった当初は子供のアニメだったわけでさ。

    だから、敵と味方はあるんだけど、イイモンとワルモンはないんだ。

    ドズル中将閣下は悪人面だけど、子煩悩に描かれていたし、戦う理由があった。シャアは私怨のため、父の敵討ちのため、敢えて敵側の軍人として敵さえ利用して、敵を討つことに情熱を燃やしたし、彼にしかわからない理由があったんだ。妹すら理解できない理由がね。なんだったら、ザビ家にだって、ジオン・ダイクンを消して簒奪した理屈がある。良いか悪いかの二極でとらえることは無意味なんだ。

    故に戦うことも虚しさが漂う。無意味だとは言わない。今言ったようにそれぞれに理由があって、それぞれの人生の中でやるしかなかったんだろうから。でも、それぞれに訳があるからこそ、議論にもなり得ないし、理解し得ない。

    ただ、理解しあえないよね、おしまい、とはならなかった。おしまいなら、殺しあうことをこれからも続けていくし、非戦とは言えない。

    ニュータイプはもとは宇宙に出た人類が上下左右のない空間認識を鋭くしていった覚醒した人類という設定から始まったのだと思う。徐々にひととひとの心に焦点が向いた。愛とか情のようなものとはちょっと違うと思う。”認識しあう”くらいの感じか。face to faceの認知ではなく、空間や時間を飛び越え始める。ここだけ聞くとエスパーのようなもの?とブライトさんに問い質されそうだけど、誰もが覚醒しうる。

    アムロは覚醒した特別な天才とみることもできるけれど、普通のメカマニアが宇宙とガンダムという最新鋭機器と戦争と強敵との遭遇と…いろんなものが揃えば覚醒しやすい条件としては十分だったんじゃないか。

    ニュータイプが殺し合いの戦争の中でお互いに理解しあえる存在になる、それがつまり非戦だと思う。

  • 戦争の話をする前に…

    政治家の皆さんへ

    日本が戦争をするか否かの話を始める前にまず、ご自身のご子息を自衛隊に入隊させなさい。

    娘さんしかいないのであれば、娘さんのパートナーを入隊させなさい。

    お子さんがいないのであれば、パートナーでもいいし、結構しない主義なら弟さんでもいい。

    それから、日本がどういう方向に進むかを議論なさい。

    過去にも同じようなスタンスでSNSに投稿したことがあります。

    決して戦争が良いとか悪いとかそういう薄っぺらな野党が言うような話をしたいんじゃない。

    ルール無用で侵略して切り取り次第、と思っている国や国家元首が世の中にいるという現実に対して、真剣に考えないとぼんやりしていると日本はなくなるよ、と思うから。でも、一方でやっぱり現実としてたくさんの人が亡くなるのも事実で、そこを認識しないで戦場から遠く安全なところで議論されても困るわけです。

    だから、国会議員になろうという人は家族を自衛隊に預けてから立候補すること。